偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
いつもならそれで気持ちのコントロールができるのに、出てきた声は思いのほかこわばっていた。
ああ、気持ちが抑えられていない。
けれどこれ以上どうすることもできない。僕をこんなふうにさせるのは那夕子だけなのに、それを彼女はわかっているのだろうか。
頑なに僕の方を見ない彼女の手を引き、むりやりこちらに向かせた。その顔を見てハッとする。
目は充血していて、こすったせいか周りも赤くなっている。その様子を見て、胸が痛んだ。そして彼女がこんな状態になるまで、放っておいた自分を責めた。
けれど今、反省などしている暇はない。
那夕子の手にあるボストンバッグを奪い、逃げられないようにした。
そうそう抵抗もなく、彼女はボストンバッグを離した。
たったそれだけのことなのに、彼女自身も止めて欲しいと思っているのではないかと希望を持ちたくなってしまう。
「とにかく座って」
素直に言うことを聞いた彼女の隣に、ゆっくりと座る。
「こんな時間にどこに行くつもり? 今日僕が帰ってくるって、知っていたよね?」
那夕子がゆっくりとうなずいた。よかったちゃんと反応してくれた。無視されるのが一番きつい。
「これっててラブレター……なわけないか……」
少しでも明るく話をすれば、良い方向に進むかもしれない。そういう淡い期待をもったけれど、むなしくなるだけだった。
彼女は唇を真一文字に引き結んでいて、話し始める様子はなかった。
「どういう経緯で、この家を出て行くことにしたのか、僕には聞く権利があると思う」
出張中何度も那夕子に連絡を入れた。けれど彼女の声を聞くことも、メッセージの返信を受け取ることもなかった。