偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
どういうことだろう。僕の味方のはずなのに、どうして那夕子が出て行く手助けをするのだろうか。
「ですが……」
「みっともありませんよ。那夕子さんの好きにさせてあげなさい。それが今のあなたにできることです」
そうする事以外、なにもできないのだと言われてしまった。
本当にそうなのだろうか。
那夕子の顔を見る。赤かった目をますます赤くさせている。鼻の頭さえ赤くて、今にも泣き出しそうなのが見て取れた。
こんな顔させたくないのに。
今の自分には、彼女に泣くことさえ我慢させているのだと思うと、不甲斐なく自分に対して憤りでいっぱいになる。
那夕子を見る。これまでなら僕の視線を受け、彼女もこちらを見てくれていた。けれど今は、力の限りでそれを拒否している。
彼女の意志は固いことはわかった。けれど、一度こちらを見てくれないだろうか。そう思って見つめ続けた。
しかし彼女は話は終わったと立ち上がり、僕が取り上げたボストンバッグを手に扉に向かう。
もう止めはしなかった。