偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
「秋江さん、タクシーを呼んで差し上げて」
「はい。……奥様」
泣き出しそうな秋江さんの呼んだタクシーに乗って、彼女が去って行くのを僕はガラス越しに見送った。
「行ってしまったわね」
隣にいる祖母が、つぶやく。
「おばあ様は反対なさるかと思いました」
「あら、当てが外れた?」
「少し」
苦笑いを浮かべると、祖母は笑い出した。
「あなたがそんな顔するなんてね、珍しいこともあるのね。まあでも、彼女を迎えに行く算段はつけてあるのでしょう? それと、彼女がこんなことを言い出した原因も」
「もちろんです」
あれこれと手を打ってはいた、ただしそれが間に合わなかった。それは自分がマヌケだったのだと思うほかないのだけれど。
「今は一度彼女から離れることで、彼女を守れるなら仕方のないことです。もちろん指をくわえて見ているつもりはないですけどね」
こうなってくれば一刻も早く敵との決着をつけなくてはならない。まわりへの影響を最小限にするためにじわじわと追い詰めていたせいで、彼女を傷つけることになってしまった。
今無理に彼女を引き留めることで、今度は直接彼女が被害を受けるかもしれない。
これ以上放っておくわけにはいかない。
僕はあいつの姿を思い浮かべて、奥歯を強く噛みしめこの場で怒りを爆発させないようにした。
「あらまあ、怖い。まあでも、那夕子さんを傷つけたこと、川久保家をバカにしたことを、相手に存分に後悔してもらいなさい」
「ええ、もちろんです」
僕の答えに満足した祖母は、那夕子のことを思ってか少し悲しげに笑ったあと部屋を出て行った。
ひとり残された部屋を見渡す。
さっきまで彼女がいた部屋が妙に広く感じる。これまでひとりで過ごすことの方が多かったにもかかわらず、彼女の存在が色濃く残るこの部屋にひとりでいると焦燥感を覚える。
「すぐに迎えに行くから」
聞こえるはずなどない言葉を彼女にかけて、決意を新たにした。