偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
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『川久保さんとは別れました』
川久保邸を出てから一週間後。翔太に送った短いメッセージの返事は
『明日、二十時。この間のホテルのカフェテリアで』
一方的にわたしを呼び出すものだった。
声さえも聞きたくないと思っていた。けれどその短いメッセージの中に〝絶対に来い〟という圧力を感じてわたしは約束の時間にカフェテリアに向かう。
もう二度と尊さんや川久保製薬に手出ししないということを約束させたかった。
約束の時間よりも少し早くに到着すると、翔太はすでに到着していた。つき合っていた時は、わたしを何時間待たせても平気な顔をしていたので、すでに待っているとは思わなかった。
翔太の座っているテーブルに向かうと、顎で向かいの椅子に座るように促された。
わたしが座ると程なくしてコーヒーが運ばれてくる。翔太がニヤリと笑い口を開いた。
「さっそく俺の言う通りにしたんだな。以前の那夕子に戻ったみたいでうれしいよ」
胡散臭い笑みを浮かべる姿に嫌悪感が走る。
わたしは決して、何も考えずに盲目的に翔太を信じていていた頃に戻ったわけではない。
自分で考えて尊さんと離れることでしか、彼と彼の大切にしているものを守れないと思ったからそうしたまでだ。その方法しかなかったことは悔しいけれど。
けれど翔太にそれを言ったところで、仕方が無い。わたしは今日の目的を果たそうと口を開いた。
「わたしとの約束……守って。川久保製薬の治験のこときちんとしてください」
必死の思いで訴えかける。
しかしそんなわたしを、翔太はニヤニヤと笑う。
「そうだな。そうしたいのはやまやまだけど、那夕子と川久保が別れたっていう証拠がないだろう? お前の言葉だけでは、信用できないな」
「そ、そんなっ! ひどいっ」
声を上げたわたしを、周りのテーブルに座っている人が見ている。けれどそんなこと気にしていられない。
「結局あなたは約束を守るつもりなんて、さらさらなかったってこと?」
わたしはその場に立ち上がり、翔太をに睨みつける。しかし彼は何とも思わないのか、鼻で笑った。