偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
「最低ね」
絞り出すようにして、翔太に対して発した言葉は軽く笑って流された。
こんな最低な奴のいいなりになるなんて。そうは思うけれど尊さんやおばあ様たちのことを思うと、言うとおりにするしかなかった。
「那夕子……?」
尊さんの声がわたしの名前を呼ぶ。少し遠慮がちでそれでいて、以前と変わらない優しい響きに胸が揺さぶられる。けれど……。
「もう……名前では呼ばないでください。わたしとあなたはなんの関係もないのですから。失礼します」
腰に回されていた翔太の手を振りほどき、尊さんの脇を抜けようとしたそのとき。
「僕は、諦めない」
力強い声が聞こえ、いけないとわかっているのに思わず足を止めてしまう。
尊さんはそれをわかってか、ダメ押しをする。
「僕は那夕子のことを、絶対に諦めない。もう一度絶対に僕の腕に抱くつもりだから、覚悟しておいて」
胸がぎゅっとおしつぶされるようだ。切なさと甘さかない交ぜになり、呼吸が苦しい。それ以上この場にいることはできず、気がつけばわたしは駆けだしていた。