偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
中村先生に連れられて、翔太が出ていった。ゆっくりと扉が閉まり、院内にはふたたびふたりっきりになった。
わたしの前に立っていた尊さんが、振り向きしっかりとわたしを見つめた。
熱を持った黒い瞳。こんなに間近で見るのは久しぶりだ。
「少し痩せたね……」
彼の大きな手が、わたしの頬にふれた。その手つきはすごく優しいのに、見つめる目はわたしの視線を捉えて放さない。
彼の瞳がまたわたしを映しているのだと思うと、それだけで心が震えるほどうれしい。
「尊さん……ありがとうございます。わたし、やっぱりあなたが――」
ちゃんと気持ちを伝えたい。自分から逃げ出しておいて勝手だと思う。けれどもうこれ以上自分の中の彼への思いを押さえておくことができない。
しかしそんなわたしの唇に彼が人差し指を当てて、ストップをかけた。そして彼がわたしにとって代わる。
「愛しています、那夕子」
感激と歓喜で胸が震えた。わきあがる彼への愛しさに目頭が熱くなる。そんなわたしを一心に見つめ、彼がまだ言葉を続けた。
「君をこんなふうにおいつめる前にどうにかしたかった。けれど決着がつかないうちでは、那夕子はきっと僕のもとには戻ってこないだろう?」
たしかにそうだ。少しの可能性でも彼らに迷惑をかけるくらいならば、わたしは絶対に尊さんの傍にはいなかったはずだ。