偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「本当ですね。最初に言った失礼な言葉は忘れてください」
食べ終わって会計をするときに店主にもう一度謝罪した。
きちんと頭を下げる川久保さんに併せてわたしも頭を下げる。
「気にせずに、またふたりでいらしてください」
「はい。是非」
川久保さんはそう答えたけれど、きっともうそんな機会はない。川久保さんとわたしが会うことはもうないのだから。
店主の「ありがとうございました」という言葉に見送られながら、わたしたちはのれんをくぐって外に出た。
暖かかった店内から外に出ると、肌寒さに体をふるわせて身につけていたコートの前を合わせてから、川久保さんに向き直る。
「お言葉に甘えて、ごちそうになりました」
「いえ、僕も思いがけず旨いラーメン屋を発見できてよかったです。昔このあたりをよく営業でまわっていたんですけど、全然気がつかなかった」
どちらからともなく駅に向かう。道すがら、食べたラーメンの感想についてお互い話をした。
すぐに駅前につき、足を止める。
「ごちそうさまでした。おばあ様、早くよくなるといいですね」
「えぇ、あなたのおかげで大事にいたりませんでした。僕が面会したときは意識もはっきりしていたから。しばらく入院をして経過観察をするということです。本当にありがとうございます」
川久保さんはきちんと頭をさげ、わたしに感謝の意を伝えた。
「たまたま居合わせただけで、当然のことだから気にしないでください。では、わたしはこれで」
会釈だけしてその場を去ろうとしたわたしの手を、川久保さんが掴んだ。