偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
パスケースを取り出し、改札にタッチする寸前に、もう一度後ろを振り返った。
川久保さんはさっき別れた場所で、じっとこちらを見ていた。わたしが振り返ったのに気がつくと、大きく手を振って声を上げた。
「また、絶対会いましょう!」
見るからに極上の男性が、子どものように大きな声を上げる姿に周りにいた人は何事かとチラチラと彼を見ている。
しかし当の本人はまったく気にする様子もなく、笑顔のままわたしへ向かって手を振っていた。
なんだかその様子に胸があたたかくなった。そして思わず笑いを漏らしてしまった。
そしてそんな彼にわたしも大きく手を振る。
彼の笑みがより深くなった。
それを見たわたしは、きびすを返すと振り返らずに改札を抜けてホームに向かった。
電車を待つ間、さっきの光景を思い出して、またひとりでクスクス笑ってしまった。
きっとわたしも周りから変な人だと思われているに違いない。
もう二度と会うことはない人。
それでも彼がわたしの傷ついた心をいやしてくれたのは確かだった。
大丈夫わたしはまだ元気だ。
入ってきた電車のガラスに映ったわたしの顔は、思っていたよりもずっと笑顔だった。