偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
袖振り合うも夫婦の縁
【袖振り合うも夫婦の縁】



「はぁ……高いなぁ」

 三軒目の不動産屋から出てきたわたしは、大きなため息をついて肩を落とした。

 翔太と別れると決めてから新しい部屋を探そうとすぐに動き始めたが、実際は仕事が忙しくウィークリーマンションに滞在していた。

 いつまでもそこで暮らすわけにもいかず、一日中不動産屋めぐりをしているのだがネットで目星をつけていた部屋は、すでに別の人が契約していたり実際に訪れてみると、周りの環境が良くなかったりしてなかなかいい部屋が見つからない。

 不動産屋さんからもう少し予算を上げるべきだと言われたけれど、すでに無職のわたしが贅沢なんてできるはずもなく……。かといって長く住むところだから、安易に妥協もできず。

 仕事を見つけるのが先か。職場に通いやすい場所に部屋を借りたほうが、なにかと効率がいい。

 わたしは不動産屋からハローワークへと目的地を変更して歩き出した。

 そのときバッグの中でスマートフォンが震えているのに気がつく。取り出して画面を確認すると、病院からだった。

 退職時になにか不備があったのだろうか。

 引き継ぎも時間がなくて細かいところはできなかった。不足部分や注意点は文書にまとめたのだけれど、それでは不十分だったのかもしれない。

 急いで通話ボタンを押すと、看護師長の少し高い声が聞こえた。

『あっ、小沢さん。今少し時間あるかしら?』

「はい、大丈夫ですよ。なにか問題がありましたか?」

 歩道の端に寄って他の人の邪魔にならないところへ移動した。

『患者さんのことで、少し聞きたいことがあるの。大切なことだから直接会って話をしたいのだけれど』

「えぇ、かまいません。患者さんのお名前は?」

『それは会ってから話をするわ。早いほうがいいのだけれど、今日は無理かしら?』

 そこまで急いでいるということは、大切な話に違いない。

 目の前、すぐそこに目的地であるハローワークが見えている。

「わかりました。今外なので、すぐに向かいます」

 今ハローワークに向かっても、きっと電話の内容が気になって集中して話を聞くことができないだろう。

 わたしは踵を返すとすぐに小走りで駅に向かった。

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