偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
「昨日、川久保様が退院されてね。そのさいに、小沢さんの話になったのよ」
「そうなんですか。退院なさったのですね。おめでとうございます」
川久保さんはわたしの言葉ににっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます。今は自宅で安静にしています」
彼の様子を見て、大事にはいたらず経過も今のところは良好なのだと思いほっとした。
「それで、折り入って話があるんです」
改めて姿勢を正した川久保さんが、真剣な顔でわたしをまっすぐ見る。自然とわたしの背筋もピンと伸びた。
「祖母がどうしても、あなたに直接お礼を言いたいとだだをこねてるんですよ。どうかその願いを叶えてくれないでしょうか?」
わざわざわたしを呼び出して頭を下げることまでしなくても……と思ってしまう。
「あの、先日も申し上げましたけれど、わたしにとっては当然のことをしたまでで、特別感謝をいただくことではないんです。お気持ちだけ――」
「もう、そう長くはないと思うんです」
「えっ……」
彼の顔を見ると、そっと目を伏せていた。
そんな……、それって……。
わたしの隣に座る看護師長に視線を移すが、なにも言ってくれない。
患者の個人情報だ。さすがに部外者になったわたしには言えないのだ。
「僕、祖母にはとても世話になっているんです。なかなか恩返しすることができずにここまできてしまったので、祖母の願いはなんでもかなえてあげたいのです」
切実な思いが伝わってくる。
思わず田舎に住む自分の祖父母を思い出した。歳の割には元気なほうだったが、いつ体調を崩すかわからない。
そんなときになにかお願いをされたら、やはり彼のように叶えてあげたいと思うに違いない。