偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
冗談じゃないって言うなら、どういうつもりなんだろう……。結婚だなんて、とてもじゃないけど、正気の沙汰だとは思えない。
けれど彼の瞳は真剣そのもので、わたしを混乱させるのには十分だった。
「そんなこと……」
できるわけがない。そう続けようとしたとき、うつむいた視界の中で手首をつかんでいた川久保さんの手が、わたしの手をぎゅっと握った。
「僕の願いを……祖母のわがままを聞き届けてくれませんか?」
まっすぐにこちらを見据えるその目に捉えられて、言葉の先を続けられない。
だまったまま彼の話に耳を傾けた。
「祖母はどうやら、あなたを僕の妻だと勘違いをしているようです。今までこういったことはなかったのですが、年齢も年齢なので……しかたのないことなのかもしれません」
もし痴呆の症状の現れだとしたら、辛いことだ。けれど彼は現実として受け止めようとしているようだ。
「僕の家族と呼べる人は、ずいぶん前から祖母だけでした。ですから祖母の存在は特別なんです。大の男が情けないと思うかもしれませんね」
彼の言葉にわたしは否定の意味を込めて頭を振った。