偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
「……っ」
そんな顔はずるいと思う。思わず彼の目に引き込まれてしまいそうだ。
ダメだと頭の中で警鐘が鳴り響く。これ以上彼の話を聞かないほうがいいと。
「祖母がどうして急にあんなことを言い出したのか分からない。だけどそう思い込んでいる祖母に事実を告げて残念な思いをさせたくないんです。残された時間が少ないから、なおさら……」
そうだった。たしか病院でもそういう話をしていた。
育ての親でもあるおばあ様への彼の思いは、それは深いものだろう。たったひとりの家族となれば、ことさら大きいに違いない。
そう思うと無下にできずにいた。けれどすぐにうなずくこともできず、どうするべきなのか考えこむ。
この話を受けるべきか、受けざるべきか。
頭の中に色々な思いが浮かぶたび、天秤が左右に揺れ動く。
そんなわたしの迷いを川久保さんに察知されてしまったのか、彼は身を乗り出してわたしの膝に置いてあった手をしっかりと握った。
ドキッと心臓が音を立てる。
「祖母と……そして僕を助けると思って協力してくれませんか? どんなことになっても、責任は全部僕が取りますから」
〝人助け〟という言葉と〝嘘をついてはいけない〟という言葉がわたしの頭の中に入れ替わり立ち替わり浮かんでくる。
目の前には乞うような川久保さんの顔。そんなふうに見られると、断りづらい。それも彼の計算なのかもしれないけれど……。
それでもおいそれと返事ができない。そんなわたしに川久保さんはニッコリと笑顔を見せた。アカデミックな笑顔を浮かべて、話の切り口を変えてきた。