偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
咳払いをひとつした川久保さんが、すっと大きな手の平を差し出した。
「これから、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
その手は男らしく大きくて、意外にごつごつしていた。
すこし冷たく感じたときに『手の冷たい人は、心が温かい』なんてことを思い出した。
握手を終えたわたしは、その場に立った。仕事が決まったら、あとは住むところだけだ。ウィークリーマンションに戻って、ネットで賃貸情報を漁ろう。
思えば、ずいぶん長居をしてしまった。
「では、今日は失礼しますので。最寄り駅はどこになりますか?」
スマートフォンでアプリを立ち上げて、地図を表示した。
「え、どこに失礼するつもりですか? あなたの家は今日からここでしょう?」
当然のように言ってのけた彼に、わたしは思わずキョトンとした顔になってしまった。
考えても彼の言っていることの意味は、ひとつしかないだろう。
「こ……」
驚きすぎて二の句が継げない。手はがっちり握りこぶしを作り、それは軽くふるえていた。今のわたしはまさに混乱の極み。
「こ?」
しかし川久保さんは、わたしの反応に不思議顔だ。なぜこんなに動揺しているのか、まったく伝わっていない。
「こ! じゃなくてっ!!」
「ん?」
首を傾げる彼に心の中で突っ込みを入れる。
『ん?』でもないっ!!
「ここで、一緒に暮らすってことですかっ!?」
勢いあまって詰め寄ったわたしを避けるように、川久保さんはのけぞった。