偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
彼は驚いた顔をしていたけれど、もっと驚いているのはわたしの方だ。
「びっくりしました。なにか問題があるのかと思ったけど、そんなことですか」
ひとりでほっとしないでほしい。わたしはまだ混乱の最中だ。
彼はそんなわたしを、ソファにゆっくりと座らせ彼も隣に座った。
「あの、だからっ――」
「はい、ちょっと落ち着きましょうか。深呼吸して」
彼が大きく息を吸い込んだのに合わせて、わたしも同じく深呼吸をした。
「はい、よくできました」
笑った彼は、わたしの頭をよしよしと撫でた。それはまるで子供にするみたいな優しい手つきで、こんなふうになでられたのはいつぶりかな……と思うと同時に、気恥ずかしくなってしまい目を俯けた。
二十八歳――。けっしてこんなことで喜ぶ歳ではない。大人の階段だってずいぶん上の方まで登って来た。
けれど彼の男を感じさせるスラリとしているけれど、節くれだった男らしい指で髪をかき混ぜるように撫でられると、混乱が少し落ち着いた。
さっきの諭すような口ぶりもしかり、彼はわたしをどうも幼子かなにかと一緒にしているのではないだろうか。
「そ、そんなことされ……ても、ご、ごまかされませんからっ」
相手の目もまともに見ることができず、耳を赤くして伝えたところで、説得力はないに等しい。
「ごまかすつもりなんてないですよ。困難な申し出を受けてくれたあなたにはこれから先もできる限り正直でいたいと思っています」
髪をなでながら、顔を覗き込まれた。そういうドキドキするセリフや、近すぎる距離はどうかやめて欲しい。
なんとか平常心を取り戻そうと、わたしは姿勢を正した。
「お仕事をいただけたことは本当に感謝しています。そのついでに川久保さんの……つ、妻のフリも……させていただきます」
なんだか自分で言うと凄く恥ずかしい。けれど恥ずかしがっている場合ではない。