偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
「ありがとう、すごくありがたい」
とろけるような笑顔を向けられて、ドキッとする。
惑わされてはいけない。見とれてしまいそうな彼の笑顔を見ないように顔を背けた。
「でも、一緒に住むっていうのは無理です」
「どうして? ちゃんと客間を用意する。なにか困るようなことがあれば僕か秋江さんに言ってもらえれば手配するよ」
「そういうことを言っているんじゃないんです。わたしたち、まだ知り合って間もないですし」
「時間は関係ないよ。僕はこれでも人を見る目には自信がある。那夕子さん」
川久保さんがわたしの名前を呼んで両肩に手を置いた。ふたり向き合うことになり、彼の真剣な目から逃げられない。
「あなたにしか頼めないことなんだ。おかしな申し出だということは承知している。けれど、どうか祖母を笑顔にする協力をしてほしい」
まっすぐにわたしを見据え懇願する彼。それでもすぐにうなずけない。
「それに、あなたをひとりの部屋に帰したくない。つらいことがあったときは、誰かと一緒にいるほうがいい」
わたしは軽く目を見開いて、彼を見る。
どうして……知っているんだろう。もしかして、師長から聞いたのかな?
この数日昼間は仕事と住むところを探して、夜になってひとり部屋で翔太とのひどい別れで無くしてしまったものを思い出して、虚無感に襲われる日々。
いつまで、そんな日常を送らなければいけないのだろうと夜にベッドの中で不安にさいなまれてた。
うつむいてじっとしたまま考え続けているわたしに、川久保さんが問いかけた。
「あなたは、変わりたくないのですか?」
わたしはその言葉にはじかれたように顔を上げた。強い光を放つ川久保さんの目にとらわれる。彼の傍で過ごせば、新しい自分になれるかもしれない。
なんの根拠もない。だけど気がつけばわたしは口を開いていた。
「わたし――変わりたいです」
言った瞬間、自分でも驚いた。けれど、それが素直な気持ちだ。
川久保さんの大きな手が伸びてきた。そしてこめかみのあたりを優しくなでた。
「よく、決心してくれました。ありがとう」
わたしは覚悟を決めたのだ。
この乗りかかった船に、乗ってしまおうと。