偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
自分でも大それたことをしようとしている自覚はある。けれど、もう決めた。目の前にいる彼の手をとってしまったのだ。
自分の行動に驚き、まだ興奮が冷めないわたしの目の前に、川久保さんが立ち上がった。
「善は急げって言いますから、さっそくあなたの荷物をとりに行こう。その間に、客間を準備さます」
彼の手には、すでに車のキーが握ってある。きっとわたしの気が変わらないうちに、荷物を運びこんでしまおうとしているに違いない。
「わかりました。よろしくお願いします」
わたし自身も、決心がにぶってしまわないうちに行動に移すことに決めた。
ウィークリーマンションに持ち込んでいた荷物は少なく、てきぱきと川久保さんがすべて車に積み込んでしまった。
そして気がつけばあれよあれよという間に、川久保邸に舞い戻ってきたのだけれど……。
「どういうことなんですか? おばあ様」
玄関ホールに川久保さんの声が響いた。
わたしと秋江さんはおばあ様と彼の様子を、口もとに手をあててオロオロしながら見守ることしかできない。
「なにが、どういうことですかっ! 夫婦の寝室を別にするなんて、わたしは許しませんよ」
どうやらわたしの為に客間を準備していたのを、おばあ様が見つけてしまい……寝室を別にすることに意義を唱えたのだ。……それも激しく。
「だから、これには事情があるんですよ」
こめかみに手を当てた川久保さんがおばあ様を前に力なく肩を落としている。
「事情? どうせまたあなたが那夕子さんを困らせたのでしょう? 誠心誠意謝ればすむことです。ほら、さあっ!」
おばあ様はわたしに向かって手を差し出し、川久保さんに謝罪を求めている。
「いえ、あの……そうじゃなくて」
慌てて仲裁に入ろうとしたけれど、これがまた火に油をそそぐような結果になってしまう。
「じゃあ、どうしたって言うの? ふたりの間になにがあったの?」
おばあ様は今度は怒りに変わって、悲しみや心配の色を目に浮かべた。
「いえ、あの……その」
しどろもどろするわたしを見て、川久保さんは髪をかき上げて溜息をついた。
「だから、夫婦の間には色々と――」
「色々となにをしたの? 浮気、暴力、ギャンブル? そんなことわたくしの目の黒いうちは許しません」
おばあ様はずんずんと川久保さんに詰め寄る。