偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~

「シッ。ちょっとだけ我慢してつき合って」

 耳元でわたしにだけ聞こえるように告げ、背中に回された手に力がこもる。

 つ、つき合ってって言われても、こんなの想定外です!

 かすかに薫るムスクの匂いが、彼の胸にいるのだとわたしに意識させる。固まったまま動けず、川久保さんのなすがままだ。

「那夕子、ありがとう! ではふたりっきりで部屋に籠ってこれまでのお詫びを僕にさせて?」

「こ、籠る? 部屋に?」

 パニックになったわたしに、川久保さんは目だけでうなずくようにと伝える。

「は、はい。わかりました」

 こうなったら、事態の収拾は彼にまかせるしかない。わたしが返事をすると彼は大袈裟に「ありがとう」と言って、わたしの肩を抱いておばあ様の方へ向いた。

「と、いうことで。無事に仲直りをしました。ご心配おかけしました」

 川久保さんの言葉に、さっきまで険しい顔をしていたおばあ様がニッコリと笑う。

 その変化についていけないわたしは、呆気にとられたままぽかんとマヌケに口をあけて、今の状況を必死に理解しようとしていた。

「安心しました。尊、あなたがしっかりしないといけませんよ。那夕子さんを決して蔑ろにしてはいけません。わかりましたか?」

「わかりました。では僕たちこれからふたりっきりで、しっかり仲直りしてきます。いいですよね?」

「そうなさい。早くひ孫の顔が見たいわ」

 ひ、ひ孫!? 誰と、誰の子供なの? なんで、いきなりひ孫!?

 にっこりと優雅に笑うおばあ様の発言に、パニックになったわたしは、なにも言葉を発することができない。

 川久保さんに肩を抱かれたまま、廊下を歩き離れにある彼の私室へと連れて行かれた。

 バタンと扉が閉じられて、ふたりして「はぁ」と安堵のため息をついた。

 あまりにも息がぴったりだったので、お互い顔を見合わせたあと、同時にクスッと笑った。
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