偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~

「尊……さん」

 戸惑いながらも、さすがに呼び捨てはマズイと思い、あわてて〝さん〟付けをした。

 そのとき彼が笑った。ほんのり口角を上げただけだけど、なんだかわたしが名前を呼んだことを喜んでいるように見えたのは、わたしの勘違いだろうか。

「よくできました。僕たち、いい夫婦になれそうだ」

 ワイングラスを掲げ、そう言った……尊さんに見つめられた。

 わたしはワインよりも赤い顔でグラスを持ち、恥ずかしさをごまかすためにワインを飲んだ。

 急に名前でって……慣れるまでは失敗しそうだな。

 そんなわたしを見て、彼はクスリと笑った。

 尊さんの私室は、今座っている大きなソファの前にテーブルがある。開け放たれた窓の向こうにある部屋の窓際には大きなデスクがあり、パソコンと電話が置いてある。

 壁一面には天井まで続く本棚があり、本がぎっしりと詰まっていた。書斎として使っているとのことだ。

 先ほど彼が入っていった小部屋は、簡易キッチンが備え付けてあるそうだ。そして反対側にある扉が寝室なのだと教えてくれた。

 それに加えシャワールームやトイレ、洗面台もあり、ここだけでも十分生活できそうだ。

 昨日まで寝泊まりしていたウィークリーマンションとは、雲泥の差。

 興味深くキョロキョロと見回していると、尊さんがクスリと笑った。

「なにか必要なものがあれば、遠慮なく言って。仮でも夫だから、君の望みはできるだけ叶えたい」

 ワインを飲みながら、今後のことについて説明される。

 基本的には〝夫婦に見えるように努力する〟というのが、大義なのだけれど。

〝お互いを名前で呼び合う〟とか〝朝は見送りをして欲しい〟とか細かなこともたくさんある。

 この依頼を受けると決めたときに腹をくくったつもりだったけれど、やっぱり色々と不安に思うことはあるわけで。
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