偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
「あの……えっと、さっそくなんですけど……」
目下、わたしの一番気になっていることを尋ねようと口を開く。後回しにできないほど、緊急を要している。しかし言い出しにくく、口を開いては閉じ……を繰り返していると、尊さんは口元を押さえて、くっくっと笑い始めた。
「言いにくそうだから、代わりに言おうか? おそらく心配しているのは寝室のことだろう?」
「あ! はいっ!」
勢いよく返事をしたわたしをみて、尊さんはまた笑った。
聞きたいけれど、なんだか〝それ〟をものすごく意識しているように思われるのは恥ずかしいような気もして、なかなか言い出せなかったのだ。
「あくまで〝フリ〟だから、那夕子は寝室をプライベートルームとして使ってくれたらいい。僕は書斎を使うから」
「でもそれじゃ、尊さん眠れないんじゃないですか?」
「心配には及ばないよ。書斎にもベッドがあるから。考えに煮詰まったら寝そべって仕事をするんだ。結構はかどったりする」
そう聞いて安心した。
「もし那夕子が寂しいっていうなら、一緒に寝てもいいけど」
目を細めて意味ありげな視線を送られた。
「いえ、あの大丈夫ですから! ひとりで全然平気です」
さすがに夫婦のフリをすると言っても、それはやりすぎだ。慌てて両手を振って拒否する。
そんな焦ったわたしを見て、尊さんは肩を揺らして笑った。
「冗談だよ。那夕子の反応を見るのが楽しくて、ついからかってしまう。ごめん」
ちょっとそうかな……と思っていたけれど、やっぱりだ。わたしを困らせて楽しんでいる。
社会的地位もあり紳士的なのに、いたずらっ子みたいな尊さん。なんとも不思議な感じだ。
だけど嫌じゃない。からかわれているのに、恥ずかしいと思うだけで、怒りなどは感じなかった。
出会ってまだ日も浅い。けれど彼のおばあ様思いなところや、優しさ、スマートなエスコートにとても好感が持てる。雇っている秋江さんに対しても丁寧な態度を崩さなかったので、おそらく誰に対しても平等に違いない。
それに彼の隣はなんだか居心地がいいのだ。波長が合うのだろう。