偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
夫婦のふりをするなんて、おかしな関係になってしまった。自分でもちょっと驚いているけれど、きっと相手が尊さんじゃなければ、受けていなかっただろう。
「ちょっと、酔ったかな?」
黙り込んで色々と考えていたわたしを心配してくれたのか、顔をのぞき込んできた。
「いえ、あの。全然平気です。おいしいですね、このワイン。つい飲み過ぎてしまいそうです」
「どんどん、飲んで。少しお酒が入ったほうが、お互いのことをよく知ることが出来る」
尊さんの言うとおり、グラスが重なるにつれてお互い少しずつ口が軽やかになっていった。
「看護師になったのはどうして?」
ふいにそんなことを聞かれた。お互いのことを知っていく上でたしかに気になることだろう。
「実はわたし、今は元気なんですけど、小さいころ体が弱くて。それでいつも病院に通っていたんです。そのときの看護婦さんが優しくて……ってあまりにも〝あるある〟な話で面白くもなんともなくてすみません」
自分でもあまりにもありきたりな理由だと思う。
苦笑いのわたしが尊さんを見ると、彼は優しい眼差しをわたしに向けていた。
トクンと胸が小さく鳴った。
どうしてそんな目で見ているの?
「あなたという人がよく分かるエピソードだ。小さなころの夢を叶えられる人って、世の中でほんの一握りだから。とっても素晴らしいことだよね」
「あ、ありがとうございます」
こんなふうにストレートに褒められるとは思ってもみなかったので、顔が赤くなってしまう。
「ちょっと羨ましいな。僕の人生はある程度決められたものだったから。まあ、それも今思えば悪くはないんだけどね」
笑ってはいるけれど、少し寂しそうに見える。
「子供のころは、何になりたかったんですか?」
「小学生のころは、サッカー選手。こう見えて結構上手だったんだ。クラブチームでもずっとレギュラーだった。その後は、学校の先生。中学のときの先生がすごく尊敬できる人で、その先生みたいになりたいって思った。僕だって結構単純だろう?」
きっとグラウンドをキラキラした笑顔で走り回っていたのだろう。想像すると頬が緩んだ。