偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~
「だけど、高校に入る前にはすでに将来は川久保製薬を継ぐことがあたりまえのようになっていた。まわりがみんなそういう目で見ていたから、当然のように大学は薬学部を卒業して、川久保製薬に就職した」
尊さんはグラスに残っていたワインを飲んで、話を続けた。
「ただそんなふうに自分の将来を決めたせいか、本当にこれが自分のやりたい仕事だったのかと悩んだことがあった。だけど、自社が開発した新薬で助かった……なんて話を聞くと、やっぱり自分のやっている仕事は、意義のあることなんだって思えるようになったんだ」
少し恥ずかしそうにそう語る尊さん。けれど、自分仕事に誇りを持って熱っぽく語る姿から目が離せない。
「尊さんのお仕事は、困っている人を助けることができる素晴らしい仕事です。わたしも多くの患者さんが、川久保製薬の薬で元気になる姿を見てきましたから」
思わず力説してしまう。
内科的治療は、薬なくしては語れない。彼の仕事は多くの命を救っていたのだ。看護師のわたしはそれをよく理解している。
酔っているせいか、多少暑苦しく語ってしまったが。
「ありがとう。自分が人生をかけているものをそんなふうに言ってもらえると、やっぱりうれしいものだな」
彼の口元がほころんだ。それを隠すように、顔を背けるその姿にどうしてこんなに胸がときめいてしまうのだろうか。
おもわず口に運ぼうとしていた、おつまみに出されたチーズをフォークごと落としてしまった。
「あれ? もう酔った?」
慌ててフォークを拾おうとしたけれど、うまくつかめない。
「やっぱり、少し酔ってしまったの……かもしれません」
「そう? だったら、僕が手伝ってあげる」
尊さんはわたしの落としたフォークを手に取ると、そのままわたしの方にそれを刺しだした。