冷やし中華が始まる頃には
車は住宅街の中の一軒の3階建の家の駐車場に止まった。

「自宅兼工房。工房は1階。」

工房は道路に面してオープンな造りになっていて、手前には少しだけ作品が売られているスペースがあった。
木の気持ちいい香りがする。

壁に打ち付けられた棚には、作りかけの作品が並んでいる。

「今日なんか作りたいものってある?」
「初めてだから、何か簡単なのってどういうの?」
「んー、あそこらへん生徒さんたちが作ってるやつだけど、皿ならすぐ作れる。」

峯岸は「ほら、こういうの。」と一つの皿を指した。

「うちのじいちゃんが作ってる金谷焼はろくろでやるんだけど、教室では自由に作りたいものを作るスタンスだから。」
「じゃあ、私も皿にする。」
「おっけー。」

ならは土や釉薬(ゆうやく)の色を選ぶと、早速製作に取り掛かった。

峯岸が土をこねる。

力を入れるたびに腕に筋が浮き上がる。
無駄なく力強い仕草に、ならは見入ってしまう。
少しずつ少しずつ土をずらしながら練っているようだ。

「こうやって空気を抜いていかないと、焼いた時に割れちゃうんだよね。」

峯岸は手を休めることなく説明した。
ならは「へえ〜、そうなんだ。」と言いながら、目の前の峯岸に見惚れる。

「でもほんと、まさかこうして来てくれるなんてなー」

峯岸が呟く。

「いやー、単純に嬉しい。」
「えっ。」
「同世代でこうして陶芸とか興味を持ってもらえなかったから。」
「ああ。」

そういうことか。
ならは少しだけ落胆する。

「結構同級生とかから『お前今何やってんの?』って聞かれて、『陶芸やってるよ』って言うんだけど、大体『へー・・・』だもんね、反応。そこから『いいなー、やってみたい。』とは一度も言われたことない。」
「ああ、たしかにそうかも。」
「この教室の生徒さんも、大体は母ちゃんの友達だから、全然同世代とは接点なくなってさ。」

そこまで言って、峯岸は一度手を止めてならの方を見た。

「なら、ほんとありがと。」

な、なら・・・!?

固まってるならを見て、峯岸は吹き出した。

「あはは、申し込みの時に下の名前聞いて『なら!?』ってずっとビックリしてたのよねー。ひらがなで『なら』って書くんでしょ?」
「ひらがなで『なら』。」
「かわいいよねー。なら。」

峯岸は一人で「うんうん」と呟きながら、また手を動かし始めた。

「由来は?」
「お母さん、楢の木が素朴でかわいくて好きなんだって。それで。」
「じゃ、まんま育ったって感じだ。」
「え?」
「よーし、ここまでできたから、後は実際にやってもらおう。」

ならが拍子抜けた顔をしていると、突然目の前によく練られた土の塊をボンッと置かれた。

「うすーく伸ばしていくよ。」
「ああ、はい。」

最初は峯岸が見本を見せてくれる。
やってることは簡単だが、実際にやってみると厚さを均等にするのが難しい。

「もうちょっとこうかな。」と言って峯岸が手を伸ばしてきた瞬間、少し手が触れた。
思わず峯岸と目が合う。
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