冷やし中華が始まる頃には
大学4年の7月、就職先も決まり、ならは大学からすぐ近くにあるひだまりでアルバイトを始めることにした。
1年の頃からそういう施設があることは認識していたが、全く働くことなど考えたこともなく就活するまでは靴屋で働いていた。

今回ひだまりに応募したのは、内定をもらった直後にたまたま「一緒に働きませんか?」といった張り紙が目に入ったからだ。
その張り紙を見た時に、そういえば、と思い出した出来事があった。

あれは大学2年だったか、大学の正門を出てすぐの信号のところで、自転車を支えたまま明らかに困っている女性がいた。
紫の派手なキャラクターのトレーナーを見てすぐに、あの施設の方かもしらない、とならは感じ取った。

「大丈夫ですか。」と声をかけると、女性はビクッと驚いた表情を浮かべたあとに、小声で「大丈夫大丈夫」と返した。

ならは、自転車のタイヤを見て、明らかにパンクしていることに気づく。

「タイヤ、パンクしちゃってます。自転車屋さん、近くだから案内しましょうか?」

ならの言葉を聞いて、初めて女性はタイヤに目をやる。
「パンクかあ」と呟くのが聞こえた。

「こっちですよ。自転車動かせますか。」

ならは、ジェスチャーを交えて聞くと、女性
は笑顔を浮かべて「はい。」と答えた。

大学の道路挟んだ向かいにある自転車屋まで連れて行き、店員に繋いだところで、ならは「それじゃあ、私帰ります」とその場を去ろうとした。
女性は慌てて「ああ、あの・・・」とならを引き止め、目に涙を浮かべて「ありがとうございます」と小さな声で述べた。

「あの方はまだいるだろうか。」とならは張り紙を見て思い出したのだ。
専門的な知識は全くないが、あのような方達と過ごす時間も悪くはなさそうだ、とすぐにアルバイトを希望した。
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