冷やし中華が始まる頃には
oak
ならは、駅構内にある本屋で本を一冊購入し、ホームにある待合室のベンチに座って読んでいた。

それでも本の内容は全く頭に入ってこない。

ホームに新幹線のアナウンスが鳴る。
ならはそれが自分の乗る列車名であることを確認し、待合室から出た。

私は今日一体何しに来たんだろう。

大和はもうすっかり今を生きていた。
過去に縛られているのは私だけだった。
もういい加減、私も前に歩かなきゃ。

ならは列の最後尾に並び、足元に視線を落とした。

その時だった。

「なら!」

どこからか声がした。
ならは周囲を軽く見渡したが、列を作る人が多く声の主は見えない。

気のせい?

ならが視線を落とすと、またも「なら!」と呼ばれた。

大和?

その声は間違いなく峯岸のものだった。
ならは列から抜けて、峯岸の姿を探す。

「なら!」

人を掻き分けるようにして、峯岸がならの前に立った。
「あー、よかったー」と言いながら、息を乱している。

「どうしたの?」

ならが声をかけると、峯岸が息を切らしながら言う。

「だって、途中で出ていくんだもん、昼の会話。」
「え?」
「この新幹線で帰らないとダメかな?」
「?」

新幹線がゆっくりスピードを落としてホームへ滑り込んできた。

「見てほしいものがある。」

峯岸がならの手を握る。

どういうこと?

新幹線が静かに止まった。
プシューッと音を立てて扉が開く。

ならは、静かに頷いた。

「見る。」

列がゾロゾロと新幹線へ吸い込まれるように動き始める中、ならは峯岸の方へ一歩歩み寄る。

峯岸がならの瞳を見つめて頷くと、グイと手を引いて歩き始めた。

週末の混雑した駅の中を峯岸は無言で進んでいく。
ならはただ峯岸に導かれて歩いていった。

これからどこへ行くんだろう。

駅の駐輪場に出ると、見覚えのある白いバンが目に入った。

峯岸はならを助手席に乗せる。

「ならは明日予定ある?」

峯岸が尋ねる。

「別に、ないけど。」
「じゃあ、新幹線ちょっと遅くなってもいいかな。」

ならはコクンと頷くと、峯岸は発車させた。

車内の匂い、峯岸の運転する横顔、何度も乗った助手席。

ならは車に揺られながら、初めて乗った時のことを思い出す。

すごくすごく緊張したなあ。

車は何度も通った道を進む。
ならが住んでいた頃とは少しだけ変わった街並みが過ぎていく。

しばらくして国道を進み、途中から曲がって住宅街に入った。

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