バックステージ☆
どんな気持ちであっても、このくらいの出来事で出演枠に穴を開けることはできない。

私はスタイリストさんに頼んで元気な色の衣装を用意してもらった。


ヘアメイクも済ませ、楽屋で一人になったタイミングで、バッグの底をごそごそと探った。

蒼が華あてにくれた手紙をまだ開いてもいなかった。

封筒に書かれた「華」の文字に胸がドキドキした。

好きな人が書く自分の名前は、とても新鮮。

新しい命を吹き込まれたように見える。

存在を認められた嬉しさのあまり、文字が躍っているように見える。


華、って、いい名前だな…

自分の名前がいとおしく感じた。

その大きな力強い文字をしばらく眺めたあと、そっと封筒から便箋を取り出した。

シンプルな数行のメッセージ。


『いつも元気な手紙をありがとう。

落ち込みぎみのときに、華さんのいつものテンションの手紙を読むと、こっちも元気になれます。

いつも能天気に見えるかもしれないけど、僕でも落ち込むことだってあるんですよ。

華さんだって、そんな時もあるんじゃないのかな?

たまには弱音もいいんだよ。

いつか会えるときを楽しみにしています。』


偶然にも、今の私の気持ちを知っているかのような言葉だった。

弱音を吐いてもいい、という投げかけは、私の心が一番欲しがっていたものだったと、そのとき初めて気がついた。

「あおいくん…」

胸が熱くなった。



最後に蒼のメールアドレスが書き添えてあるのを見て、心臓が音を立てて鳴り響いた。


まるで、蒼の気持ちがすぐそばにあるみたい。

気持ちが寄り添いあっているような、あったかくて、安心でいっぱいで、この先を歩いていくのが楽しくて仕方ない、そんな気持ちになった。


でも、蒼が近づいてくれた先は、花彩じゃなく、ただの普通の女の子、華。


「華は弱音を吐いてもいいけど、花彩はいま、弱音は吐けないんです…」

ちょっと切ない気持ちになって手紙を折りたたんだけど、体中に力がたまっていくのを感じた。
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