魔法使いになりたいか

§11

このあいだの万引き常習犯の少年も、警察と一緒に来て、ちゃんと謝ってくれた。

もうその少年が謝りに来るのは四回目だけど、俺は彼の成長を信じている。

彼のお母さんがやってきて、お前の方も店の管理をしっかりしろ、だからうちの子が万引きをくり返すんだとかいって、もの凄い剣幕だったけど、わざわざうちにそんなアドバイスをしに来てくれるほどだ。

あんな子供思いのお母さんがいるんだから、あの子はきっと大丈夫。

それにここは、俺がずっと育ってきた家。

「イエ~ィ!」

そんなことを考えていた俺の後ろで、帰ってきた尚子と千里が騒いでいた。

「今回の詐欺事件のおかげで、数量限定販売だったのが、増産決定!」

「流通業者にいちゃもん付けて、販売ルートの一部を、うちの会社で請け負う事に成功よ」

とにかく、転んでも絶対にタダでは起き上がらないのがこいつらだ。

「俺はまた騙されたし、予約してくれたお客さんには迷惑かけたんだぞ!」

「そりゃ自分が悪いんだから仕方ない」

尚子が鼻で笑う。

「そう言われたら、普通信じるだろ!」

「音源入ってないCDって」

「ちゃんとした人だったんだよ!」

千里の冷ややかな視線。

「頭悪すぎ」

「お前のこと、心配したんだぞ!」

そう、だからこそ俺は信じたんだ。

「音源が入ってないCD? これは大問題だ、さっき呼び出しかかったって言ってたし、コレのことだったのかと思って、お前がどうなってしまうかと、心配した」

千里と尚子は、黙ったまま俺をじっと見ている。

反省したとか、感動したとかいう感じの雰囲気じゃない。

あきらかに、挑発的、好戦的、軽蔑した態度だ。

「お腹減った。ご飯」

「人の話し聞いてんのか! ちょっとは俺の気持ちも考えろ!」

「あんたの気持ち? 脳みそまわってたの?」

「お兄ちゃんの人を見る目のなさって、公害レベルだからね」

「環境破壊レベルだよ」

「まったくの成長がない」

「終わってるね」

罵詈雑言だけは尽きることの無い二人の間で、俺の堪忍袋の緒が切れた。

「それが、俺に対するお前らの態度か!」

「どんだけうちらに、迷惑かけたと思ってんのよ!」

尚子と千里の声が重なった。

一目散に、台所に逃げ込む。

「あぁもう! よけいなこと言ってたら、お腹減った!」

「お兄ちゃん、ご飯早くね」

俺はお前らの料理人じゃねぇぞ!

大体、人の弱みにつけこんで、一切のねぎらいも、心配や気遣いの言葉もなく、あげくの果てには自分たちの利益追求に走るなんて、お前らの方がよっぽどタチが悪い、極悪人だ!

ちょっとは俺の気持ちを考えたことがあるのか、まぁ無いだろうな、少しでもそんな思いやりの精神があれば、あんな態度で俺に接するわけがない! 

もうこれで騙されるのは、何度目だろう、俺だって、毎回嫌な思いをしてるし、本当は悔しくて仕方ないのを、じっとずっと我慢してるのに!

「私は魂の指導者」

台所でおたまを握りしめていた俺の後ろから、導師の声が聞こえた。

導師はテーブルの上に、ちょこんと座っている。

その顔は鋭い眼光をたたえ、威厳に満ちていた。

「魔法が、使えるようになるんだったよな」

そうだ、俺にはまだ、逆転のチャンスがあった。

「いかにも」

「誰よりも強くなれる?」

導師は答えず、ただ俺を見上げている。

「何でも出来るようになるのかって、聞いてんだよ!」

「修行次第で」

「本当だな!」

「もちろん」

俺は、老猫の目を見つめる。

老猫も、まっすぐに俺を見つめた。

「本当だ」

「じゃ、俺、魔王になる」

そうだ、結論は出た。俺にはもう、それしかない。

この世が、あいつらみたいな悪人だらけなら、悪の帝王、大魔王になるしかない。

「大魔王か?」

「大魔王だ」

俺の決意は固い。

もう誰にも負けたくない、騙されたくない、何者にも負けない、強い力が欲しい。

「よかろう、だが、修行は厳しいぞ」

「望むところだ」

導師と目があった。

この不思議な猫となら、俺はきっと強くなれる、強くなってみせる。

「お兄ちゃん、お腹すいたぁ!」

「ブツブツ言ってないで、早くして!」

居間から飛んでくる罵声。

その声に驚いた導師は、テーブルから飛び降りて走り去った。

俺もあわてておたまを握り直す。

でもまぁ、今日はもうスーパーで刺身が安かったから買ってきてるし、お吸い物もつくっておいたし、残りもの食材を放り込んだ炊き込みご飯も、もうすぐ出来る。

作り置きおかずもいくつか増やしておいたから、そんなに時間はかからない。

ちゃぶ台にお皿を並べて、三人が定位置についた。手を合わせる。

「いただきます」

箸と会話が飛び交う、にぎやかな食卓だ。

ひたすらしゃべりまくっているのは、俺じゃないけど。

どこかに逃げて、また戻ってきた導師が、俺の真横でうずくまった。

「俺が大魔王になったら、死んだ人たちもよみがえるかなぁ」

これからの修行が、ちょっと楽しみだ。

導師だけはそんな俺の声を聞いていたみたいで、短い尻尾を揺らして答えてくれた。
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