魔法使いになりたいか
§8
店の外に出てみたはいいけれど、すでに彼らの姿はない。
昼間の方が薄暗いアーケード街の隅っこ。
俺は右と左と、どちらに行こうか迷っていた。
「あら、和也くん、どうしたの?」
古くからの顔なじみのおばさんが、声をかけてくる。
「いや、ちょっと修行中だったんですけどね」
「あらまぁ、なんの修行中?」
「魔法使いです」
おほほほほ、と、玉を転がしたように智代さんは笑った。
「さっき、猫が飛び出してきませんでした? 焦げ茶の」
「さぁ、見てないわね」
そうですか、分かりましたと頭を下げ、俺は導師の捜索を始めた。
平日の午前中なんて、外を歩いているのは老人と幼い子供を抱えたお母さんぐらい。
そんな中で、俺みたいなのがぷらぷら歩いてると、非常に目立つ。
みんな、どこで何をしてるんだろう。
「お~い、導師~。どこ行ったぁ~?」
あてもなく歩いていると、ふと聞き覚えのある声がして、公園の隅で北沢くんを見つけた。
ランドセルを背負っている。回りには、制服姿の中学生。
「あ、北沢くん! 導師見なかった?」
北沢くんの服と顔は汚れていて、左の頬がなんだかちょっと赤くなっている。
三人の中学生は、俺が近寄るとどこかへ行ってしまった。
「導師、見なかった?」
「見てねぇーよ」
北沢くんは、切れた唇の端を手の甲でぬぐうと立ち上がった。
「なにしてたの?」
「は? お前、バカか」
北沢くんの着ている服は、今は汚れているけど、いつだって高そうな服で、その七分丈のお洒落なズボンのポケットに、彼は両手をつっこんで歩く。
「どこいくの? 学校は今日も休み?」
「今から行くんだよ」
ランドセルを背負って歩く彼の後ろ姿は、やっぱりなんだか大人びて見えて、小学校っていう場所が、似合わないかんじがする。
「ねぇ、大丈夫?」
「大丈夫なわけねぇだろ。学校じゃ、誰もいない」
そう言って、北沢くんは振り返った。
「今度から、余計なことするなよ」
余計なことって、なんだろう。
そういえば、いつも尚子や千里にも言われてる。
あの二人は、大概俺のやることなすこと全てが気に入らない。
俺の全てが、あいつらにとって余計なこと、だ。
太陽が空のてっぺんに来て、少し西に傾いた。
お腹もすいてきたし、導師も見つからない。
たまたま目に入ったラーメン屋さんでお昼を済ませて、午後からの捜索を再開する。
北沢くんと初めて会った、土手に来てみた。
河原の草原に立つ一本の木。
行ってみようかと舗装された土手の道を歩いていると、赤いランドセルの菜々子ちゃんを見かけた。
彼女はしゃがみ込んで、土手の草むらに向かって、ちぎったパンを投げた。
「なにしてるの?」
その言葉は、彼女にとって不意打ちだったようで、ビクリとして振り返った。
「な、なんでもない」
草むらには、小さなパンの固まり。
白い影が、スッと草むらに消えると、どこかへ走り去った。
菜々子ちゃんは手にしていた給食のパンを、あわてて後ろに隠す。
「給食、食べきれなかったの?」
色とりどりの、カラフルなランドセルを背負った子供たちがが、すぐ横を通り抜ける。
「うわ、またこいつ給食のパン、持ち帰りしてるぜ!」
「ダメなんだよ、持って帰っちゃ」
「動物にエサやりも禁止だし!」
「違うよ、うちでご飯食べられないから、持って帰って食べてるんだってよ!」
「えぇ~! やだ汚い古い、お腹壊しそう」
赤いランドセルの女の子って、もう多数派じゃないんだな。
この世で一番正直でまっすぐで、嘘の無い人たちが走り去っていく。
菜々子ちゃんは、そんな彼らを黙って見送った。
「菜々子ちゃん?」
「うるさい!」
俺からも、逃げていく必要なんて、ないのにな。
走り去る彼女を追いかけてもよかったけど、多分彼女は今、そんなことを求めたりしていない。
それよりも、俺は早く導師を探し出して、魔法使いにならなければ。
「導師~! 早く修行しようよぉー!」
俺が今一番やらなくてはいけないこと、魔法使いになること。
自分を取り巻くこの世界を、少しでも変えること。
それが俺の、一番の望み。
昼間の方が薄暗いアーケード街の隅っこ。
俺は右と左と、どちらに行こうか迷っていた。
「あら、和也くん、どうしたの?」
古くからの顔なじみのおばさんが、声をかけてくる。
「いや、ちょっと修行中だったんですけどね」
「あらまぁ、なんの修行中?」
「魔法使いです」
おほほほほ、と、玉を転がしたように智代さんは笑った。
「さっき、猫が飛び出してきませんでした? 焦げ茶の」
「さぁ、見てないわね」
そうですか、分かりましたと頭を下げ、俺は導師の捜索を始めた。
平日の午前中なんて、外を歩いているのは老人と幼い子供を抱えたお母さんぐらい。
そんな中で、俺みたいなのがぷらぷら歩いてると、非常に目立つ。
みんな、どこで何をしてるんだろう。
「お~い、導師~。どこ行ったぁ~?」
あてもなく歩いていると、ふと聞き覚えのある声がして、公園の隅で北沢くんを見つけた。
ランドセルを背負っている。回りには、制服姿の中学生。
「あ、北沢くん! 導師見なかった?」
北沢くんの服と顔は汚れていて、左の頬がなんだかちょっと赤くなっている。
三人の中学生は、俺が近寄るとどこかへ行ってしまった。
「導師、見なかった?」
「見てねぇーよ」
北沢くんは、切れた唇の端を手の甲でぬぐうと立ち上がった。
「なにしてたの?」
「は? お前、バカか」
北沢くんの着ている服は、今は汚れているけど、いつだって高そうな服で、その七分丈のお洒落なズボンのポケットに、彼は両手をつっこんで歩く。
「どこいくの? 学校は今日も休み?」
「今から行くんだよ」
ランドセルを背負って歩く彼の後ろ姿は、やっぱりなんだか大人びて見えて、小学校っていう場所が、似合わないかんじがする。
「ねぇ、大丈夫?」
「大丈夫なわけねぇだろ。学校じゃ、誰もいない」
そう言って、北沢くんは振り返った。
「今度から、余計なことするなよ」
余計なことって、なんだろう。
そういえば、いつも尚子や千里にも言われてる。
あの二人は、大概俺のやることなすこと全てが気に入らない。
俺の全てが、あいつらにとって余計なこと、だ。
太陽が空のてっぺんに来て、少し西に傾いた。
お腹もすいてきたし、導師も見つからない。
たまたま目に入ったラーメン屋さんでお昼を済ませて、午後からの捜索を再開する。
北沢くんと初めて会った、土手に来てみた。
河原の草原に立つ一本の木。
行ってみようかと舗装された土手の道を歩いていると、赤いランドセルの菜々子ちゃんを見かけた。
彼女はしゃがみ込んで、土手の草むらに向かって、ちぎったパンを投げた。
「なにしてるの?」
その言葉は、彼女にとって不意打ちだったようで、ビクリとして振り返った。
「な、なんでもない」
草むらには、小さなパンの固まり。
白い影が、スッと草むらに消えると、どこかへ走り去った。
菜々子ちゃんは手にしていた給食のパンを、あわてて後ろに隠す。
「給食、食べきれなかったの?」
色とりどりの、カラフルなランドセルを背負った子供たちがが、すぐ横を通り抜ける。
「うわ、またこいつ給食のパン、持ち帰りしてるぜ!」
「ダメなんだよ、持って帰っちゃ」
「動物にエサやりも禁止だし!」
「違うよ、うちでご飯食べられないから、持って帰って食べてるんだってよ!」
「えぇ~! やだ汚い古い、お腹壊しそう」
赤いランドセルの女の子って、もう多数派じゃないんだな。
この世で一番正直でまっすぐで、嘘の無い人たちが走り去っていく。
菜々子ちゃんは、そんな彼らを黙って見送った。
「菜々子ちゃん?」
「うるさい!」
俺からも、逃げていく必要なんて、ないのにな。
走り去る彼女を追いかけてもよかったけど、多分彼女は今、そんなことを求めたりしていない。
それよりも、俺は早く導師を探し出して、魔法使いにならなければ。
「導師~! 早く修行しようよぉー!」
俺が今一番やらなくてはいけないこと、魔法使いになること。
自分を取り巻くこの世界を、少しでも変えること。
それが俺の、一番の望み。