魔法使いになりたいか
§12
居間に上がると、真っ赤な顔で泣きはらした後の菜々子ちゃんと、尚子がいた。
「ちょっと、あんた! 店番をこんな小さい子に任せて、どこほっつき歩いてたのよ!」
突然の先制パンチに、ビクリとなる。
「導師を探しに行ってたんだよ!」
尚子は腕の中の導師をにらみ、導師は飛び出して逃げていった。
「うちに勝手に居着いた外猫でしょう? そんなの、探しにいく必要ある?」
「お前が俺に怒る理由もないだろ!」
「あたしが家に帰ってみたら、知らない女の子が一人で大泣きしてんのよ、大人しそうな顔して、あんた普段なにやってんの?」
「ちょっと待て、それ、どういう意味だ!」
「あんたのやってることが、本気で信じらんないって言ってんの! 子供に店番任せるなんて、ありえない!」
「ごめんなさい!」
ぐちゃぐちゃな顔のままの菜々子ちゃんが、何度も何度も叫ぶ。
「私が悪いの! 全部、私が悪かったの! 勝手におうちに入ってきてゴメンなさい。何にも盗ってないし、壊していません。もう絶対にここには来ないので、許してください!」
ちゃぶ台の上には、涙で破れた薄くて茶色い粗末な紙、そこには、小さい字でびっしりと漢字と数式が並んでいる。
短い鉛筆に、小さな消しゴムのかけらが三つ。
「私が勝手に本屋さんしたから!」
「違うのよ、私は、あなたのことを怒ってるんじゃないの」
尚子は、菜々子ちゃんの顔をのぞき込む。
菜々子ちゃんの顔は、乾いた涙の後が刻印のように刻み込まれていて、急に近づいてきた尚子の顔にビクリとして、両腕で覆い隠した。
「この人に、勉強を教えてもらう約束だったの?」
「ごめんなさい」
「いつから、ここに来てたの?」
「ごめんなさい」
「どこで、知り合ったの?」
「ごめんなさい!」
菜々子ちゃんは、なにを聞いてもそれしか答えない。
尚子はお手上げで、場所を俺に譲った。
「北沢くんは? 塾に行った?」
「ごめんなさい」
「俺がいない間、本屋にお客さん来た?」
「ごめんなさい」
「お昼ご飯は、どうしたの?」
「ごめ……ん、なさい」
菜々子ちゃんは、うつむいて動かなくなってしまった。
尚子は畳の上に足を投げ出して、足の先をぷらぷら揺らしながら座っている。
こっちは見ていて見ていないふり。
「尚子は、ご飯食べる?」
「いいけど」
「菜々子ちゃんは、何が食べたい?」
彼女をおいて、入った台所の入り口から振り返ると、菜々子ちゃんは台の上を片付け始めていた。
「もう、帰ります。帰ってこいって、怒られたし」
いつもなら、丁寧にたたんでバックにしまうわら半紙を、ぐちゃぐちゃと乱暴に突っ込んでいく。
それは、彼女にとって、とても大切なものだったはずだ。
「俺のいない間に、なにがあったの?」
彼女の目は、もう泣くことすらあきらめてしまったようだ。
「私がお店のレジをしてたら、たまたま外にお母さんが通って、なにやってんのって怒られて、居間に戻って片付けしてたら、玄関からこの女の人が入ってきて……」
菜々子ちゃんの顔から、表情が消えた。
「ありがとうございました。ご迷惑をおかけしました。もう来ません」
俺は、彼女の目の高さにまで、膝を落とす。
「またおいで、尚子が怒ってるのは、菜々子ちゃんにじゃなくて、俺にだから」
二つに分けて結んでいる髪の毛が、吹き飛びそうなくらい激しく首を左右に振る。
「いいの、今までどうも、ありがとう」
片付けを終えた彼女は、のれんをくぐり店に下りた。
「じゃあ、さようなら」
見送りに出た俺と尚子に、ちょこんと頭を下げる。
最後に、声をかけようとした俺の言葉を、懐かしい声がさえぎった。
「やだ、まだいたんだ」
そこには、俺の初恋の人が、妊婦姿になって立っていた。
「ちょっと、あんた! 店番をこんな小さい子に任せて、どこほっつき歩いてたのよ!」
突然の先制パンチに、ビクリとなる。
「導師を探しに行ってたんだよ!」
尚子は腕の中の導師をにらみ、導師は飛び出して逃げていった。
「うちに勝手に居着いた外猫でしょう? そんなの、探しにいく必要ある?」
「お前が俺に怒る理由もないだろ!」
「あたしが家に帰ってみたら、知らない女の子が一人で大泣きしてんのよ、大人しそうな顔して、あんた普段なにやってんの?」
「ちょっと待て、それ、どういう意味だ!」
「あんたのやってることが、本気で信じらんないって言ってんの! 子供に店番任せるなんて、ありえない!」
「ごめんなさい!」
ぐちゃぐちゃな顔のままの菜々子ちゃんが、何度も何度も叫ぶ。
「私が悪いの! 全部、私が悪かったの! 勝手におうちに入ってきてゴメンなさい。何にも盗ってないし、壊していません。もう絶対にここには来ないので、許してください!」
ちゃぶ台の上には、涙で破れた薄くて茶色い粗末な紙、そこには、小さい字でびっしりと漢字と数式が並んでいる。
短い鉛筆に、小さな消しゴムのかけらが三つ。
「私が勝手に本屋さんしたから!」
「違うのよ、私は、あなたのことを怒ってるんじゃないの」
尚子は、菜々子ちゃんの顔をのぞき込む。
菜々子ちゃんの顔は、乾いた涙の後が刻印のように刻み込まれていて、急に近づいてきた尚子の顔にビクリとして、両腕で覆い隠した。
「この人に、勉強を教えてもらう約束だったの?」
「ごめんなさい」
「いつから、ここに来てたの?」
「ごめんなさい」
「どこで、知り合ったの?」
「ごめんなさい!」
菜々子ちゃんは、なにを聞いてもそれしか答えない。
尚子はお手上げで、場所を俺に譲った。
「北沢くんは? 塾に行った?」
「ごめんなさい」
「俺がいない間、本屋にお客さん来た?」
「ごめんなさい」
「お昼ご飯は、どうしたの?」
「ごめ……ん、なさい」
菜々子ちゃんは、うつむいて動かなくなってしまった。
尚子は畳の上に足を投げ出して、足の先をぷらぷら揺らしながら座っている。
こっちは見ていて見ていないふり。
「尚子は、ご飯食べる?」
「いいけど」
「菜々子ちゃんは、何が食べたい?」
彼女をおいて、入った台所の入り口から振り返ると、菜々子ちゃんは台の上を片付け始めていた。
「もう、帰ります。帰ってこいって、怒られたし」
いつもなら、丁寧にたたんでバックにしまうわら半紙を、ぐちゃぐちゃと乱暴に突っ込んでいく。
それは、彼女にとって、とても大切なものだったはずだ。
「俺のいない間に、なにがあったの?」
彼女の目は、もう泣くことすらあきらめてしまったようだ。
「私がお店のレジをしてたら、たまたま外にお母さんが通って、なにやってんのって怒られて、居間に戻って片付けしてたら、玄関からこの女の人が入ってきて……」
菜々子ちゃんの顔から、表情が消えた。
「ありがとうございました。ご迷惑をおかけしました。もう来ません」
俺は、彼女の目の高さにまで、膝を落とす。
「またおいで、尚子が怒ってるのは、菜々子ちゃんにじゃなくて、俺にだから」
二つに分けて結んでいる髪の毛が、吹き飛びそうなくらい激しく首を左右に振る。
「いいの、今までどうも、ありがとう」
片付けを終えた彼女は、のれんをくぐり店に下りた。
「じゃあ、さようなら」
見送りに出た俺と尚子に、ちょこんと頭を下げる。
最後に、声をかけようとした俺の言葉を、懐かしい声がさえぎった。
「やだ、まだいたんだ」
そこには、俺の初恋の人が、妊婦姿になって立っていた。