魔法使いになりたいか
§7
「楽しいわけないでしょ! あんたのためにやってんのよ!」
二階と玄関から同時に足音がして、千里と尚子が飛び込んできた。
「お兄ちゃん? なにやってんの!」
「和也? あんた、大丈夫?」
突然の女性二人の登場に、俺の腕の中で香澄は叫んだ。
「助けてください! この人が急に!」
俺は、自分の体の下にある香澄を潰してしまわないように、ゆっくりと気をつけて上体を起こす。
「私、突然この人に押し倒されたんです!」
香澄の訴えに、二人は顔を見合わせた。
俺はただ、何も言わずに黙っている。
「うちのお兄ちゃんは、そんなことする人じゃないでしょ」
「和也は、無理矢理女性を押し倒すようなことは、出来ませんよ」
香澄が見上げた先にあったものは、彼女の望むものではなかった。
彼女の平手打ちが、俺の左頬を強打する。
「どいて! 邪魔!」
香澄は出て行った。
こんな形で、俺の初恋が終わりを迎えるとは、思いもよらなかった。
「だって、お兄ちゃんはビビリなんだもん」
「やり方も知らないんじゃない?」
二人の女は、いつも好き勝手なことを言う。
俺は、叩かれた頬に触れてみた。
指の先から、ヒリヒリと痛む。
だけど、そんな痛みよりも、傷ついた思い出の方が、よっぽど痛い。
尚子がため息をついた。
「あんた、あの人のことが好きだったの?」
のれんをくぐって出て行った香澄を、俺は追いかけないといけないはずだった。
「だったら、素直にそう言ってあげればよかったのに」
「導師を探してくる」
「変なの」
店から出て行こうとする俺の背中に、二人の声が突き刺さる。
「どうして、ちゃんと言ってあげなかったのよ」
「なんか今日は変だよ。いつものお兄ちゃんじゃない」
「だから、お前らは嫌いなんだよ」
俺は、導師を探しに行くんだ。
使い古したボロボロのサンダルを引っかけて、店の外に出る。
だって俺は、香澄の好きなお菓子なんて知らない。
本当はただ、外に出たかっただけ、外の空気を吸いに出たかっただけ。
風の吹き抜ける河原の土手の上、今日は、北沢くんにも菜々子ちゃんにも会いたくない。
そのまま家にいて、尚子と千里と言い合いを続ける気もないし、どこか遠くへ行ってしまいたかった。
もう、導師も、魔法使いも、本当はどうだっていいんだ。
俺は、自分の身にふりかかる、数多くの悪事をコントロールしたかった。
自分に起こる嫌な出来事を、自分でコントロールすることができるなら、それは正義の味方とかじゃなくて、悪魔か大魔王のはずだ。
戦って勝てる相手じゃないなら、それをうまく避けるしかない。
大魔王になって、俺は向こうから勝手に飛んでくる悪を、避けたかったんだ。
ついでに回りの人たちもなんて、余計なことは、考えている場合じゃなかった。
導師との修行が進まないのも、自分に焦りがあったのも、結局は全部、自分が助かりたかっただけだし。
今日はもう、なにもしない。
こんな時は、ただ歩くに限る。
どこまでもどこまでも、足の動くかぎり動かして、帰れなくなってもいい、行き着いた先で座っていればいい。
そしたらまた、いつの間にか太陽が昇って、大勢の人がどこかに向かって急ぐ風景を見ながら、自分はやっぱり一人なんだということを再認識する。
分かりきってることを、時々忘れてしまうから、辛くなるだけなんだ。
本当はこのまま消えてなくなってしまいたいけど、そんな度胸もないから、結局はまた何もない家に戻る。
玄関の方から居間に上がると、灯りがついたままの部屋で、尚子と千里が待っていた。
二階と玄関から同時に足音がして、千里と尚子が飛び込んできた。
「お兄ちゃん? なにやってんの!」
「和也? あんた、大丈夫?」
突然の女性二人の登場に、俺の腕の中で香澄は叫んだ。
「助けてください! この人が急に!」
俺は、自分の体の下にある香澄を潰してしまわないように、ゆっくりと気をつけて上体を起こす。
「私、突然この人に押し倒されたんです!」
香澄の訴えに、二人は顔を見合わせた。
俺はただ、何も言わずに黙っている。
「うちのお兄ちゃんは、そんなことする人じゃないでしょ」
「和也は、無理矢理女性を押し倒すようなことは、出来ませんよ」
香澄が見上げた先にあったものは、彼女の望むものではなかった。
彼女の平手打ちが、俺の左頬を強打する。
「どいて! 邪魔!」
香澄は出て行った。
こんな形で、俺の初恋が終わりを迎えるとは、思いもよらなかった。
「だって、お兄ちゃんはビビリなんだもん」
「やり方も知らないんじゃない?」
二人の女は、いつも好き勝手なことを言う。
俺は、叩かれた頬に触れてみた。
指の先から、ヒリヒリと痛む。
だけど、そんな痛みよりも、傷ついた思い出の方が、よっぽど痛い。
尚子がため息をついた。
「あんた、あの人のことが好きだったの?」
のれんをくぐって出て行った香澄を、俺は追いかけないといけないはずだった。
「だったら、素直にそう言ってあげればよかったのに」
「導師を探してくる」
「変なの」
店から出て行こうとする俺の背中に、二人の声が突き刺さる。
「どうして、ちゃんと言ってあげなかったのよ」
「なんか今日は変だよ。いつものお兄ちゃんじゃない」
「だから、お前らは嫌いなんだよ」
俺は、導師を探しに行くんだ。
使い古したボロボロのサンダルを引っかけて、店の外に出る。
だって俺は、香澄の好きなお菓子なんて知らない。
本当はただ、外に出たかっただけ、外の空気を吸いに出たかっただけ。
風の吹き抜ける河原の土手の上、今日は、北沢くんにも菜々子ちゃんにも会いたくない。
そのまま家にいて、尚子と千里と言い合いを続ける気もないし、どこか遠くへ行ってしまいたかった。
もう、導師も、魔法使いも、本当はどうだっていいんだ。
俺は、自分の身にふりかかる、数多くの悪事をコントロールしたかった。
自分に起こる嫌な出来事を、自分でコントロールすることができるなら、それは正義の味方とかじゃなくて、悪魔か大魔王のはずだ。
戦って勝てる相手じゃないなら、それをうまく避けるしかない。
大魔王になって、俺は向こうから勝手に飛んでくる悪を、避けたかったんだ。
ついでに回りの人たちもなんて、余計なことは、考えている場合じゃなかった。
導師との修行が進まないのも、自分に焦りがあったのも、結局は全部、自分が助かりたかっただけだし。
今日はもう、なにもしない。
こんな時は、ただ歩くに限る。
どこまでもどこまでも、足の動くかぎり動かして、帰れなくなってもいい、行き着いた先で座っていればいい。
そしたらまた、いつの間にか太陽が昇って、大勢の人がどこかに向かって急ぐ風景を見ながら、自分はやっぱり一人なんだということを再認識する。
分かりきってることを、時々忘れてしまうから、辛くなるだけなんだ。
本当はこのまま消えてなくなってしまいたいけど、そんな度胸もないから、結局はまた何もない家に戻る。
玄関の方から居間に上がると、灯りがついたままの部屋で、尚子と千里が待っていた。