大正で愛して。
第1章
俺の名前は坂下正行。
ただの、坂下商店の跡取り息子。
そんな俺にも、密かな楽しみがあるのだ。それは......
役者用の女の桂を被り、華やかな着物を着て、唇に少し桃色の紅を塗り、夜に町を歩くのだ。
どうやら本当の女に見えるらしい。そうして、周りから視線を集められるのが、堪らなく楽しくてしょうがないのです。

今日は、酔っ払いのおじさん達とお酒を飲んでいた。

「はあ~、お嬢ちゃん本当に綺麗だね。」

「有り難う御座います。おじ様もとても素敵ですよ。」

軽く微笑み、そう言った。

「今日は、俺に抱かれるか?」

「御冗談を」

気持ち悪い。たまに、こんな感じのおじさんがいるのだ。

「冗談じゃねぇぜ。」

そう言って、俺を襲おうとする、おじさん。
此処は、人前だっていうのにどうしましょう。人が居ないと直ぐに蹴りでも入れてやりますのに。

「ちょっと、」

「おじさーん。ちゃんと合意の上で。完全相手嫌がってるじゃないですか。酔っ払っているだけだと思うのだけれど。」

助けて...くれたのか?
よく襲われかけるが、助けて貰ったのは初めてだ。
「あっあの有り難う御座います。」

「ん~気にしなくていい。」

「そういう訳には......」

「じゃあ、少し話だけ。」

「有り難う御座います。」

にっこり笑う彼はとても素敵だった。

「御名前は?」

「......樋梅です。」

俺は樋梅といつも女の姿では名乗っていた。
彼と話すと、とても面白く素敵な人だった。

「いやぁ。本当に美しいですね。樋梅さんは。」

「いえ、そんなことは。」

「また、逢いたいものですがねぇ。」

「また、逢いましょう。私、基本はこのお店に居ますから。」

「本当かい?じゃあまた来るよ」

そう言って、彼は家へと帰って行った。

「よっし、俺も帰ろう。」

俺は身支度を整え、家に向かった。
とても素敵な人だった。......そう言えばだけれど、名前......聞いていなかった。
今度逢ったときに聞いてみようかしら。
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