ずるくてだめな俺となにも知らない君
「こんばんは、阿久津くん」
そう聞いた時、俺はどうしようもない恐怖に襲われた。
話は本当だったのだと、この時知った。
君は、1度も、俺をそう呼んだことはない。
時は1週間前にさかのぼる。
「昨日のお笑いみたか?」
「みてねー」
「俺録画した」
いつも通りの、月曜日の朝だった。
たがそれは、ほんの数分で崩れた。
がらがらっと音がした、
ドアを開けて、担任が教室に入ってきた。
「ホームルーム始めるぞー、席につけー」
「まず連絡からー、ひとーつ。今日から北校舎の修理がはじまる。ふたーつ……」
俺には関係のない連絡事項が伝えられる。
「最後に」
いつもはゆるく、語尾が伸びた話し方の教師が真面目な話し方になった。
「佐藤佑衣が入院することになった。そこで、見舞いの色紙を書いて欲しい。理由は、教えられないが、俺が持っていく」
佐藤……佑衣…………
それは、
俺にとって最も大切と言っていい人の名前だった。
そうは言うが、
付き合っている訳では無い。
幼馴染とか言う訳でもない。
______8年に及ぶ、俺の片想い。
明るく、社交的。
クラス委員長や、文化祭実行委員長なども務める、絵に描いたような人気者。
それが彼女への一般的な評価である。
だが俺は、彼女が頑張っていことを知っている。
彼女の弱さを知っている。
好きになったのは小学一年生、入学式のときだった。
桜舞う中、歩いていた彼女に一目惚れした。それだけだ。
今の関係と言われれば、
1番の男友達という所だろう。
それから俺は
なんとか仲良くなろうと物凄く努力した。
そして今に至る。
そんな彼女がなぜ、入院……
そんな思いが絶えなかった。
俺にも言えないことなのか……?
日曜日だって普通に会った。
2人で映画を見に行った。つい昨日のことだ。
結局俺は、気になって仕方がなく、
その日は学校を早退した。
彼女から連絡が来たのは
それから1週間後のことだった。
「今から会えますか?神乃病院に来てください。」
そんなメッセージが届いた。
その文章に少しの違和感を覚えたが、
指定された場所へ急いで向かった。
「はぁっはぁっ」
そんなに遠くにある病院ではないため、
自転車をとばしてきた。
そこに、いたのは
「こんばんは、阿久津くん」
「はっ……?」
そこに居たのは、
俺が知っている彼女とは別人かと思うほど
いつもと違う笑みを浮かべた佑衣だった。
「んーと、まずお話があります、そこに座って?」
困惑した俺に、困った顔をする佑衣。
はたからみればへんな状況だろう。
俺は、促されるまま
病院のベンチに座った。
「えっと、阿久津くんには言わなければいけないこと」
「あなたの対応によっては、手伝ってもらうこと。このふたつをお話します」
なにか重大なことを聞かされる。
それが雰囲気だけで分かった。
「まず、ここが1番大事で、私は事故にあいました。そして、記憶を約6年分失っています。まぁ、大事なことは覚えてて、友達とか思い出とかが思い出せないだけ」
「……は?」
それ以外の言葉は出なかった。
「当然の反応だよー、大丈夫」
「いや、そういうことじゃなくて」
彼女は昔から俺の話を聞かない。
そこは変わっていないのだと
少し安心した。
だが、今はそれどころじゃない。
それほどの困惑を、
俺は体験したことがなかった。
「で、私は退院しました。でもそこからが問題なの。」
俺は黙っているしかなかった。
「……」
「学校に行きたいけど、なにも覚えていないの」
このまま行ったら、みんな困っちゃうじゃん?
と、彼女は少し眉を下げて笑う。
「阿久津くんには、その手伝いをして欲しいと思います」
衝撃的すぎて、言葉はでなかった。
ただ、ふと、
「……なんで、俺」
疑問が浮かんだ。
だかそれは、すぐに解決する。
「これ見て」
見せられたのは彼女のトークアプリの画面だった。
「お気に入りのところさ、阿久津くんだけなんだよね」
確かに、友達の数は300近くいたが、
お気に入りにしているのは俺だけだった。
彼女は言う。
「きっと、仲が良かったんでしょ?」
「あ、あぁ」
否定は、しなかった。
したくなかった、できなかった。
「阿久津くんには彼氏のフリをしてもらって、私のサポートをして欲しいと思っています」
「おっけー?どゅーゆーあんだーすたんど?」
おちゃらけて言う彼女だったが
わからないことだらけだった。
「ちょっと、質問させてもらっていいか」
「んー?なんでもどうぞ」
「俺の事は覚えてるのか?」
ただ、純粋に気になった。
「うん」
少しの希望を抱いた。
「ほんとうか!?」
記憶をなくした祐衣のなかに少しでも俺がいる。すごく、嬉しかった。
「まぁ、ちょっとだけ。」
「小学校の頃の思い出しかないけどね」
「そう、か」
「阿久津くんには嫌な話だと思う、信じられないと思う。それでも私は君にしか頼めない」
それは、
ほんとうに俺じゃなきゃダメなのか?
他にもっと頼れる人はいるんじゃないのか?
そんな思いばかりが募る。
そこで祐衣が口を開いた
「何も覚えていない私にとって頼れるのは君だけだと思う。
それに、私と君は仲が良かったんでしょ」
俺は複雑な気持ちだった
7年もの片思いの相手だ。
それが6年間の記憶を失っている……?
とても、耐えられる話ではない。
だけど
「俺は、何をすればいい」
大事な人を放っておけるわけがなかった。
「それは、手伝ってくれるってことでいいんだよね?」
「あぁ」
「よかったー!!ありがとう阿久津くん!!」
そして、
俺の好きという気持ちが、
嘘でも彼氏という立場にいたいと
思ってしまった。
__俺はずるいやつだ。
「なぁ、その阿久津くんっていうのやめてくれない?」
ずるい俺はまた要求する。
「ん?なんで?」
「俺は、「彼氏」なんだろ?そしたら、一琉って呼んだほうがいいんじゃない?」
前も、そう呼んでたし。
と、自分に言い訳をする。
「それも、そう...だね!」
ずるくてだめな俺は、こうすることでしか佑衣の隣に居られないと思った。
※続きます