混沌と静寂
恐る恐る会社に電話をした。
体調が優れないので休みます。
電話越しに聞こえる怒号は
あの人の生も物語っているような。
もうどうだっていい事なので最後まで聞かず
電話を切った。
またかかってくると面倒なので、
電源を切った。
そして早速、
先程持ち帰った黒く光った靴を鞄から出し、
着いた血液はそのままに頬を擦りつけた。
靴を愛でる大人よ、死を愛でる大人よ。
脱ぎたてではないが、少しあたたかさが残っている。
血にも靴にも。
この空気中に、実体を持たないあの人が
蝶さながら彷徨っている。
途方に暮れて迷って踏み出した一歩も、
無駄足だと気付かされるように。
だが、彼は幸せ者だ。
こうやって、自身を愛でてくれる人がいるのだから。
最も意識も体もない状態ではあるが。
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