さよなら、センセイ
夜も更けて、丹下家の面々は予約した温泉宿へ向かうため、若月家を後にした。
玄関先で、丹下家の乗った外車を見送り、車が見えなくなると、恵は居間へと戻る。
イチ子は後片付けに勤しみ、武二は笑みを消して難しい顔で腕組みをしていた。
「恵」
武二はアゴをしゃくって自分の前に恵を座らせる。
「丹下さんのこと、何故わしらに言わんかった?」
「…父ちゃん、怒るじゃろ?」
「当たり前じゃ。教師が生徒となんざ、世間様に顔向けが出来ん。
まぁ、実際に会ってみて、あの男がただの高校生じゃねぇことはわかったがな」
「…そうだね」
「だがな、恵。
相手は若く、世間を知らんから年上のお前を慕っておるんじゃろ。
教師への敬慕の念を恋愛感情と勘違いしているのかもしれん。
アイツはおそらく《アリオン》のトップに立つじゃろう。
あの歳で王者の風格まであるでの。
いずれ王者にふさわしい、分相応の相手が現れる。
恵。
その時お前は捨てられる」
武二は恵の一番恐れていることを、ズバリと言い放った。
恵は、目を伏せる。
「かもしれん。
わかっちょるつもり。
でも、今だけでもいいの。
私、後悔しない。
彼が必要だと言ってくれる間は、そばにいる。
あんなに可能性を秘めた人の成長を側で見ていられる事は、何ものにも代え難い。
私の見つけた幸せだよ。
父ちゃん、心配しないで」
「…バカもんが。
いつでも、帰ってこい。見合い相手ならいつでも見つけてやるからの」
武二はそう呟くと、それきりヒロのことは口にしなかった。