さよなら、センセイ
恵は、携帯のダイヤルボタンを押す。
とにかく、ヒロと話をするしかない。
「もしもし?」
呼び出してすぐに電話からヒロの声がした。
「合格、おめでとう、ヒロ」
「ありがとう、メグ。メグのおかげだよ!」
ヒロの声は珍しく上ずっている。
「お祝いしなくちゃね、何か欲しいものある?」
「あるよ‼︎ 決まってるだろ」
「…何?」
「メグ。
メグに決まってるだろ?
一緒に暮らそ?
とりあえず、うちから大学遠いから家を出ることになったんだ。
父さんが大学の近くにマンションを持ってるから、そこに引っ越す。
まぁ親のスネはかじりたくないけど、学生だから、そこは許して」
…一緒に暮らそ?
その言葉に、恵の鼓動は高鳴る。
やはり、声を聞くと恋しい。このまま、彼の元に転がりこみたい衝動に駆られる。
どんなに強がってみせても、ヒロを愛している気持ちは、変わらない。
…でも。
「ヒロ。
本当は会って話したかったんだけど。
私ね、3月いっぱいで光英学院高校の勤務が終わるでしょう?」
「そうだね、校長もあちこちあたってくれてるみたいだね。
いいとこ、ありそう?」
「やっぱり東京は、難しいわ」
「そっか…メグ、本当に教師に向いているのに」
「今、一校だけ…
校長先生のお友達が校長をしている進学校が、最高の条件で英語教師を欲しがっているのだけど」
「その濁らせ方…
さては、何か問題があるな?」
「私立花園牧高校。
私の地元では知らぬ人のいない進学校。
交通の便が悪くて、生徒も教師も半数は寮暮らし。だから、教師が長く続かない。
でも、私なら。
実家から車で通えるわ」
「花園牧高校。
知ってる。
いつも模試で上位の奴がそこの学校だった。
…遠すぎる。
それは、
さすがに遠すぎる」
ヒロの声が、わずかに震えている。
つい先ほどまで、やっと一緒にいられると思っていた恵が、ヒロの手をすり抜け、すぐには届かない場所に行きたがっている。
ヒロはそれを、ひどい裏切りのように感じてしまう。