さよなら、センセイ
腕時計を見ると、あれから30分程経っていた。
涙もようやく落ち着いた。
恵は機械室をでて、隣のシャワー室に入る。
シャワー室の鏡に映る自分の顔。
青ざめて、疲れたとても惨めな顔。
目元はわずかに腫れていたが、何とか誤魔化せそうだ。
「よし」
気合いを入れてシャワー室を出た。
出た途端、目の前に生徒が立っていた。
「若月先生」
そこに、ヒロがいた。
「た…丹下くん…?」
ずっと彼の事を考えていたから、目の前に本人がいることに、恵は、動揺を隠せない。
「部室の鍵。
返しに職員室行ったら、いないし」
ヒロの手に、部室の鍵。
「…ごめんね。
…こんな所まで、ありがとう」
やっと我に返った恵が広げた手のひらの上に、鍵が載せられる。
ヒロの体温でほんのり暖かい鍵。
また、涙が出そうになる。
「先生。
お好み焼き屋、来るんですか?」
「…皆には悪いけど。まだ、仕事残っているから。
あ、丹下くん。せめて、これ。
皆で楽しく食べてきて?」
恵は、ポケットから財布を出し、紙幣を何枚かヒロに渡す。
「薄給なのに」
「こういう時くらい見栄を張りたいの。
皆に、私からの合格祝い」
ヒロは、小さく笑って、お金を受け取った。
「じゃあさ、先生。
俺、お好み焼き屋、早めに切り上げるから、仕事終わったら、ジュンの店に来てください」
「…ジュンさんの?
今の私には、敷居が高いわ。無理ね。
丹下くん、もう、行って?皆待ってると思うよ?」
「勝手に待たせときゃいいさ。
言い方を変えよう。
もう一度、落ち着いて二人で話がしたい。
何時になってもいい。
待ってる」
そう言ったヒロの顔。
頬はわずかにこけ、目の下にクマ。
いつもより、ひどく疲れたような、憔悴した顔。
ーー私のせい、かな。
思わず、手を伸ばしそうになる気持ちをグッと抑える。
恵は、機械室に鍵をかけると、ヒロの傍をすり抜けるようにその場を後にした。