さよなら、センセイ
「拓人だけじゃなく、ヒロと恵ちゃんまでしばらく離れ離れなんて。淋しいわ。

だけどぉ〜入籍しちゃうなんて、やるじゃない、ヒロ。
拓人、先越されちゃったわね〜」

ジュンが肘で一条をつつく。
一条は、小さく笑ってワイングラスに口をつける。

「女に不自由はしてないさ」

「またまた、強がっちゃって!
そんなコト言う子には、見せてあげないわ〜
ヒロ、恵ちゃん、コレ、見て」

ジュンがスマートフォンを操作して、2人に写真を見せる。

パーティだろうか。真紅のドレスを着て笑みを浮かべた、驚くほど綺麗な女性。
その隣は女性によく似た、父親だろうか。
着物姿のそこにいるだけで威圧感を醸し出す男性。


「ジュン、これ…!」


すぐに気づいたのは、ヒロ。

「アタシの最愛のオヤジとその娘。
あーん、やっぱりいい男よね〜最高の男よ」


「先輩…これ、桜木ですよ」


一条の目が射抜くようにジュンを見る。


「ふふっ。余裕ない顔して。
この間、オヤジの誕生日会があったのよ。
アタシがドレスと着物のデザインしたから。

ほら」


ジュンは一条にスマートフォンの画面を見えるようにする。



「…あぁ、変わらないな」



なんて顔をするのだろう。

ヒロも恵も、こんな優しく切ない表情の一条を見たことがなかった。

離れていることは、やっぱり淋しくて辛いのだと、教えられる。


ヒロと恵はテーブルの下でそっと手を握り合った。

一条の今は、きっとヒロ達の未来と同じだから…


「幸せそうだ。
俺の事なんて忘れて、親父さんと親子の時間を大切に過ごしているんだな」


「…バカね、拓人。

ほら、見て」


ジュンが写真の女性の首元あたりを拡大する。

「…⁉︎」

一条は息を飲んだ。

「ドレスを作るために何度か会ったけど、いぶきちゃん、肌身離さず付けてるのよ。

拓人のことを忘れるわけないじゃない」


一条はネクタイを緩め、ワイシャツの襟のすき間から、チェーンを引っ張り出す。


ヒロ達より、シンプルなシングルリングのついたネックレス。写真の女性とお揃いだった。


一条は写真を指でなぞる。
それは、愛おしそうに。


「先輩…」

ヒロにとって、一条は尊敬の塊のような存在だ。だが、そんな一条の、何とももの悲しげな姿になんと声をかけたら良いか分からない。


「丹下。

大丈夫だ。
心配するな。

俺にも、お前にも、仲間がいる。
才能も、チャンスもある。

未来を信じて。
やろうぜ、でっかい事」


顔を上げた一条は、清々しいほどにいつもの彼だった。
カリスマ性みなぎるパワーが一段と溢れている。


「はいっ!」


一条とヒロは、グラスをあわせた。


「ふふっ、アンタ達がオヤジの様に最高の男になるのを楽しみに見せてもらうわよ〜」

そこへジュンもグラスをかかげて、ニッコリと笑った。


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