さよなら、センセイ
恵は、改めて写真を見る。
「いぶきさん。初めて見たけど、すごく綺麗な方ね。お父さんによく似てる」
「オヤジ、カッコいいでしょ〜?
現役の時はもっと、しびれるくらいの良い男だったわ。
写真、見る?
アタシにとって、人生最高の男よ」
夢見るようにウットリとしながら、ジュンはスマートフォンの写真を何枚か見せてくれた。
「ジュン、すげーな。どんだけ写真持ってるんだよ」
ヒロは、呆れ顔。
だが、初めて見る写真に恵は戸惑いを隠せない。
どう見てもヤクザのような若者に囲まれている写真や、豪邸の庭で上半身裸で身体を鍛えている写真。身体には、龍と桜の見事な刺青。
「あの…いぶきさんのお父さんって…?」
驚く恵に一条が教えてくれた。
「あぁ、びっくりさせてしまったね。
桜木組ってヤクザの組長だった。今は引退してアメリカで隠居暮らしだけど。
元は、国立大をトップで卒業して、弁護士免許も持ってるすごい人なんだ。
家業を継ぐことを選ばなくてはならなくなって、娘のいぶきも先代に取り上げられて。
やっと今になって親子が再会出来たんだ。
だけど、親父さんは、病気でね。
今は、親子の時間を大切に過ごしている」
名家一条家の御曹司と、ヤクザの元組長の娘の恋となれば、きっと障害も多いだろう。
恵は、父と笑顔で写る桜木いぶきの写真を見ながら、彼女の苦悩を思った。
「桜木、いい顔してるなぁ。
同級生だったときは、暗くて、いじめられてたけど、今は、元気そうだな。
あ、そうだ」
ヒロは、自分のスマートフォンを取り出して、おもむろに構えた。
「今日の記念に〜
ハイ、チーズ!」
いきなりだったが、反射的に笑顔で写真に収まる4人。
「お、よく撮れてる!」
「ちょっとぉ、ヒロ。いきなりの写真は反則よぉ。
あ、でも、みんな良く撮れてるじゃない。
アタシにも、写真送って、ヒロ」
「オッケー」
ヒロがスマートフォンを操作始める。
それからは和やかに食事が進んだ。
ヒロと一条は、大学でやりたい事を語り、恵はジュンと、教師の服装について語り合った。
コース料理もデザートが出て、終わりも近づく。
「あ、そうだ。
丹下、これ」
不意に一条がジャケットのポケットからホテルの部屋のカードキーを取り出した。
「うちのホテルで最高の部屋だぞ。
今夜くらい、2人きりで最高の思い出を作るといい」
ヒロは一条に抱きついて喜ぶ。
「先輩…ご飯だけでも有難いのに。
ありがとうございます!」
「ありがとうございます、一条さん。いつもお気遣いいただいて、甘えてばかりですみません」
ヒロと恵の感謝の言葉に、一条はこともなげに笑ってかわす。