さよなら、センセイ
その時だった。

テーブルの上にあったヒロのスマートフォンがメールの着信を知らせた。


ヒロは、サッと文面を読む。


「すみません、電話、一本かけてもいいかな?」


そう断ってから、ヒロはスマートフォンを操作する。

「あー、もしもし?
今、大丈夫だった?」

「こっちは、朝よ。
メールの着信で起きたわ。

って言うか、丹下君。
久しぶりに連絡来たなって思ったら、結婚したなんて。びっくりしたわ。本当なの?」

ヒロのスマートフォンのスピーカーから聞こえて来たのは、女性の声。


その声に真っ先に反応したのは、一条だった。
目を見開いて、ヒロを見ている。

「今日、卒業式でさ。卒業式の写真も送ったろ?
その後、婚姻届出した」

「びっくりしたわ。本当なんだ。

写真見たけど、綺麗な方ね。
おめでとう、丹下君」

透き通るようなそれでいて芯が通っているようなしっかりとした声。

「ありがとう、桜木。

そっちはどう?親父さんは?」

「うん、勉強は順調。
お父さんは、相変わらずよ。
丹下君は?大学はどこに行くの?」

「俺?
慶長大の経営」

「…っ!」

電話の向こうで息を呑むのがわかった。

「すごい!丹下君が?
頑張ったのね。…そうなんだ。

拓人と同じ大学ね」

自分の名前が出た途端、一条も息を飲んで、胸のネックレスを握りしめた。

話をしたいけど、糸口が見つからないのだとわかったが、恵にはどうにもできない。


困った顔の恵にジュンが自分を指差して、任せて、とうなづいて見せた。

一条の背中をジュンが笑顔でポンと押す。


「ハローいぶきちゃん。アタシ。誰かわかる?」

「あ、ジュンさん?
丹下君と一緒にいるの?
もしかして、さっきの、ホテルストリークの写真…」

「そぉよ。今撮ったばっかり。
拓人と可愛いヒロの為にお祝いしている最中よぉ」

ヒロは、スッと一条の方にスマートフォンを向ける。
ジュンが、一条の背中をポンと押す。
状況を把握した恵も笑顔で大きくうなづく。

「…いぶき?」

やっと絞り出した一条の声は、わずかに震えていた。

「拓人?拓人、よね?」

たった一言で、いぶきは声の相手が一条だとわかる。

「久しぶりだな」

「…ほんとね。
丹下君が送ってくれた写真、見たわ。
相変わらずカッコイイんだから」

「そっちはどう?」

「うん。お父さんが過保護で、怖いくらい。
でも、すごく大事にしてくれる。
私のことを一番に考えてくれる。
私、やっと私だけの家族が出来た。
毎日充実してる。

拓人、私、この時間、大切にするから」

「あぁ、そうだな」


いぶきは、今を生きる相手に一条ではなく、父親を選んだ。
それが今の彼女の幸せ。

彼女の活き活きとした声に、ヒロ、恵、ジュンの三人はそれを痛いほど感じていた。

「私、敏腕弁護士になってみせるから。
一条の方から欲しいって言われるくらいの優秀な弁護士になってみせるから」

「俺だって、“世界の一条”を更にデカくしてやる。難しい仕事を山ほど用意してやるから、覚悟してろ」

「さすが、拓人。
望むところよ。

…信じてるわ」

「…俺も信じてる」

どんなに離れていても、互いのことを信じあい、共に生きる幸せな未来に向かって前を向いている。

ヒロと恵は、信じることの大切さを改めて感じた。


「朝から丹下君には驚かされたわ。
奥様の事とか詳しいこと聞きたいけど…

ごめんなさい、時間がなくて。

今後、ゆっくり聞かせて。

連絡くれてありがとう。
じゃあね」

ヒロに代わる間も無く、切れた電話。


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