さよなら、センセイ
それから。
毎日ヒロに見送られ、恵は、仕事へと向かう。
今の勤め先の光英学院高校に結婚を届け出るつもりはないので“若月先生”のまま。
それでも、なんだか世界の全てが輝いて見えた。
家に帰れば、ヒロの待ってる生活。
二人は1カ月にも満たない新婚生活を、思い切り楽しんだ。
そして少しでも長く、一緒に時を過ごした。
刻一刻と迫る別れの時を忘れようとでもするかのように。
「メグ、忘れ物ない?」
「大丈夫」
恵は小さな旅行バック一つといういでたち。
ヒロがバックを持ってやり、二人は部屋を出る。
「悪いな、実家まで送って行きたかったんだけど」
ヒロは珍しくスーツを着ていた。
恵の出立の日と、アリオン社の新製品発表会とが重なってしまった。
学生のうちから父の会社の手伝いをしたいと考えるヒロ。
少しでも顔を売るべく、呼ばれたイベントにはなるべく参加するよう、父に言われていた。
「平気よ。
ヒロ、体には気をつけてね。あまり無理しちゃダメよ」
「メグもな」
マンションの外には、ヒロを迎えに来た丹下家の外車と、恵の乗るタクシーとが二人の為にドアを開けて停まっている。
「メグ、電話するから。メールもするし、休みができたら、会いにいく」
「うん」
「俺、デカくなるから。メグ、それまで待ってて」
「うん。
信じてる。
私も、頑張っていい女になるわ。ヒロに負けてられないもの。
花園牧高校の若月教諭といったら、地元じゃ有名ってね。もちろん、良い意味でよ」
そんな恵のセリフに、ヒロは眉をひそめて首を横に振る。
「花園牧高校の丹下教諭、だろ」
「あ」
恵は、笑って首をすくめた。
そして改めて、夫となったヒロを見つめる。
ヒロも恵を見つめ返す。
離れていても忘れない。
だって夫婦になったのだから。
家族になったのだから。
愛は枯れるハズがない。