さよなら、センセイ

「うちの大学で丹下先輩のこと知らないヤツなんて、モグリですよ!
成績優秀、ルックスも最高。
それになんといっても、あの、《アリオン・エンタープライズ》の実業家!
すごい方です。尊敬してます」

尊敬の念が溢れて、鼻息荒く興奮する本山。

「そ、そうなんだ。有名人なんだね、ヒロ」

「同じ苗字だし、丹下先生、ご親戚なんですか?」

「親戚っていうか、えっと…」

多くの生徒に囲まれ、しかも本山の前で事実を言うのはためらわれ、恵は言葉を濁す。


「なんだよ、メグ。にごらせることないじゃん。
ハッキリ言ってやれよ。

本山くん、君の先生ね、俺の奥さん」


サラリとヒロは言って、隣の恵の頬に軽く口づける。


一瞬、ざわめきが消え、シンとなる。
その場にいた全ての人間が息を飲んでいた。

かろうじて聞こえる音は、恵の食器をヒロが片付ける音だけ。

そして。

「えーっ!!!
た、た、丹下様、結婚してたーっ?」

「うそ、うそ、あの人、高校教師って言ってた、年上じゃない!?」

学食は、大パニック。
食堂の窓ガラスが音をたてるほどの大きなざわめきが起きる。

そこへ響く、ヒロの高笑い。

「アッハッハ!ビックリしてやがる。

さ、メグ、行こ。時間がもったいない。
東京、久しぶりだろ?」

余りの騒ぎにポカンとしている恵の手を引いて学食から飛び出した。
恵は本山に声をかけることもできなかった。

ヒロが笑顔で、しかも女連れで、構内を小走りする姿は人々の目を引き、あちこちで悲鳴が上がる。

「ヒロ、知らないよ、後でモテなくなっても」

「そんなの、どうでもいい。
それよりメグ、どっか行きたいとこ、ある?デートしよ?」

ぎゅっと掴まれた手。
恵を呼んで、見つめる目。
その手が、声が、瞳が、全てが愛おしい。

やっぱり、会えればうれしい。
愛されている。愛している。気持ちは消えていなかった。
嬉しくて、それまで我慢していた淋しさが一気にあふれてしまう。

「どこも、行きたくない。ただヒロがそばにいてくれればそれでいい。
ヒロ、マンションに帰ろ?」

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