さよなら、センセイ
甘えたそぶりを見せる恵に、愛しさがこみ上げる。
先ほど見せた先生の顔とは違う、ヒロだけに見せる切ないほど愛おしい、妻の顔。
「ごめんな。このところ忙しくて、電話もできなかったもんな。
俺さ、今、仕事が面白くてたまらないんだ。次々と新しいアイデアが湧いてくるし」
マンションへの帰り道。二人は手を繋いだまま歩いた。
途中、駅のロッカーから恵の荷物を回収することも忘れない。
「でも、部屋に帰ると真っ暗で。掃除や洗濯は、丹下の家から手伝いが来てくれるからいいんだけどさ、コンビニ飯を一人で食う時は、ホントに淋しい」
ひとりぼっちの淋しさは、恵も良く知っている。
「じゃあ、さっきの女の子達と食べたらいいのに」
「俺、そういうのはとっくに卒業した。
メグ以外の女には全然興味湧かないし、めんどくせぇ。
それに、アイツらの目には、丹下広宗じゃなくて、“アリオンの丹下”がうつってるだけさ。高校の時と、おんなじだよ。
それより。
メグこそどうなんだよ。さっきも、あっという間に男が群れてきてさ。
高校生男子の頭ん中なんてエロイことしかねぇんだし」
「え、私?
ナイ、ナイ。普段はジャージだし、たぶん、女として見られてないと思うよ。
同僚も、私が結婚してるって知ってるから“旦那さんと離れて暮らして大変”くらいしか思われてないし。
私も、ヒロだけでいい」
「うれしいこと、言ってくれるなぁ。
さ、入って」
ヒロがマンションの鍵をあける。
恵は、一歩入ってすぐに気づく。
全く以前と変わらない。女性の匂いもしない。
「メグ」
部屋に入るなり、ヒロはぎゅっと後ろから恵に抱きついた。
「会いたかったよ」
「私…私も会いたかった」
それからは言葉はいらなかった。服を脱ぐのももどかしく、二人は互いの肌を求め合い、何度も互いの愛情を確かめあった。
「慶長大学のアイドルを独り占めしちゃった」
ヒロの腕枕で息を整えたあと、彼にぴったりと体をつけたまま、恵は小さく笑った。
「何言ってんだよ、メグ」
ヒロは笑って恵の体をさらに引き寄せる。
「あと少しで卒業。仕事を軌道に乗せたらすぐに迎えに行くから。
そのために、頑張ってる。
1日でも早く迎えに行けるように」
「うん。
待ってる」
「その時はメグ、もう、絶対に離さないからな。たとえ君が向こうに残りたいって言ったって、意地でも連れ帰ってやる」
「大丈夫よ。
いつヒロが来てもいいように、毎日、悔いないように一生懸命、精一杯頑張ってるから」
見つめあった二人の唇が引き寄せあう。
「離れてると、平気なんだけど…
って言っても、信じられないよね。
自分が一番ビックリしてる。
ヤバイ、止まらない」
ヒロの手が、再び恵の体を滑っていく。
「大丈夫、信じてる。
私なら、平気。
…ううん、平気じゃない。もっと、ヒロが欲しい。まだ、足りない。
もう、めちゃくちゃにして」
「メグ…甘え方が上手くなって…そんなコト、俺だけにしろよ?」
「当たり前でしょ!」
見つめ合い、そして二人は心と体の赴くままに、抱き合い一つになった。