さよなら、センセイ



「まずは、乾杯!」

5人と恵のグラスが涼やかな音を立てて乾杯から始まった。

「それにしても。
若月先生と、丹下が結婚してたなんて、びっくりしたなぁ」

「それも、入籍が高校卒業した直後ってのも、早ワザ過ぎだろー」

「若月、丹下が相手でしかも田舎に帰らなきゃならなくて、不安とか、なかった?」

「不安?」

恵は、隣のヒロをちらりと見てから、皆の方に向き直る。

「大ありよ。
あの時は不安しかなかったかも。
これから、どうなるのか、これで本当によかったのか。そんな不安でいっぱいだった。

皆だって、そうでしょ?
選んだ仕事、上手くいくばかりじゃない。
そんな時の不安に似てると思う」

「あ、それ、わかるかも」

皆、大きくうなづいている。


「でも、私、不安だったけど、後悔はしてなかった。

あの時、ヒロの手を取らなければ、多分、後悔に押しつぶされてたと思う。
後悔ばかりの人生は後向き過ぎて辛いし、前に進めないから。

だから、自分を信じて、ヒロを信じて、前を向いて、その時出来ることを精一杯やってきて、今に至る、というわけ」


「…さすが、若月先生。
後悔しない、か。
結構難しいな。
やっておけばよかったことなんか、山程あるし」

「それって、今からじゃ、ダメなこと?」

ため息をつく男子の目をまっすぐにとらえて、恵が尋ねる。

「結婚まで考えてた彼女に、振られて。
あの時、どうしてアイツの気持ちにわかってやれなかったのかなぁ。
もう、新しい彼氏出来たみたいだし、今更…」

恵は、そうボヤく男子の手を力強く、掴んだ。

「高校時代はいつも、放課後に何を食べに行くかばかり言ってたのに。
女の子の気持ちをわかってあげられなかった、なんて…

大丈夫。ちゃんと、成長してる。

自分を見つめて、反省して、次に活かせばいいの。
どうしても諦められなければ、もう一度、その彼女にアタックしてもいい。
スッパリと切り替えて、新しい出会いを探してもいい。
自分の中できちんとケジメつけて。

そうすれば、その後悔は、同じ事を繰り返さないための、次への教訓になる」


恵の言葉が後悔を包み込み、それを昇天させていく。
泣くほど辛かった経験も、己の成長の為に必要だったのだと、前向きに捉える事ができた。

「…やっぱ、すごいよ、先生。
なんか、俺、ふっきれそう」


「次!
オレも、聞いてよ、若月!
仕事、ツラくてさぁ…」


人生相談が始まる。
恵は、1人ずつきちんと話を聞いて、それぞれに言葉をかける。
まるで、高校時代に戻ったようだ。
< 163 / 170 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop