さよなら、センセイ
「まずは、乾杯!」
5人と恵のグラスが涼やかな音を立てて乾杯から始まった。
「それにしても。
若月先生と、丹下が結婚してたなんて、びっくりしたなぁ」
「それも、入籍が高校卒業した直後ってのも、早ワザ過ぎだろー」
「若月、丹下が相手でしかも田舎に帰らなきゃならなくて、不安とか、なかった?」
「不安?」
恵は、隣のヒロをちらりと見てから、皆の方に向き直る。
「大ありよ。
あの時は不安しかなかったかも。
これから、どうなるのか、これで本当によかったのか。そんな不安でいっぱいだった。
皆だって、そうでしょ?
選んだ仕事、上手くいくばかりじゃない。
そんな時の不安に似てると思う」
「あ、それ、わかるかも」
皆、大きくうなづいている。
「でも、私、不安だったけど、後悔はしてなかった。
あの時、ヒロの手を取らなければ、多分、後悔に押しつぶされてたと思う。
後悔ばかりの人生は後向き過ぎて辛いし、前に進めないから。
だから、自分を信じて、ヒロを信じて、前を向いて、その時出来ることを精一杯やってきて、今に至る、というわけ」
「…さすが、若月先生。
後悔しない、か。
結構難しいな。
やっておけばよかったことなんか、山程あるし」
「それって、今からじゃ、ダメなこと?」
ため息をつく男子の目をまっすぐにとらえて、恵が尋ねる。
「結婚まで考えてた彼女に、振られて。
あの時、どうしてアイツの気持ちにわかってやれなかったのかなぁ。
もう、新しい彼氏出来たみたいだし、今更…」
恵は、そうボヤく男子の手を力強く、掴んだ。
「高校時代はいつも、放課後に何を食べに行くかばかり言ってたのに。
女の子の気持ちをわかってあげられなかった、なんて…
大丈夫。ちゃんと、成長してる。
自分を見つめて、反省して、次に活かせばいいの。
どうしても諦められなければ、もう一度、その彼女にアタックしてもいい。
スッパリと切り替えて、新しい出会いを探してもいい。
自分の中できちんとケジメつけて。
そうすれば、その後悔は、同じ事を繰り返さないための、次への教訓になる」
恵の言葉が後悔を包み込み、それを昇天させていく。
泣くほど辛かった経験も、己の成長の為に必要だったのだと、前向きに捉える事ができた。
「…やっぱ、すごいよ、先生。
なんか、俺、ふっきれそう」
「次!
オレも、聞いてよ、若月!
仕事、ツラくてさぁ…」
人生相談が始まる。
恵は、1人ずつきちんと話を聞いて、それぞれに言葉をかける。
まるで、高校時代に戻ったようだ。