さよなら、センセイ
恵は振り返って、そして硬直した。
走ってきたのは二人。女子生徒と男子生徒。
「副部長の3-A立花綺羅(たちばな きら)です」
「部長の3-A丹下広宗です」
そこにいたのは、ヒロだった。
光英学院高校の全校生徒は1300人を超える。しかも恵は高校2年生の担当。
だから、ヒロに会う確率は低いと思っていた。
それが、まさか初日から出会うとは。
ーー同じ学校だもの。出会ったって当たり前。
彼は私のことなんてきっともう…
驚き、高鳴る鼓動をおさえて恵は無理矢理笑顔をつくる。
「若月恵です。よろしく。
これで全員かな?じゃ、自己紹介をお願いします」
「水泳部は現在、3年男子5名、女子4名。2年男子が4名女子が6名の合計19名です。
じゃ、1人ずつクラスと名前と形を」
ヒロの指示で1人ずつ自己紹介が始まる。
恵はメモを取りながら、それでも気がそぞろだった。
ヒロが水泳部だなんて知らなかった。
そういえば、学校でのヒロを恵は全然知らない。
付き合っている時は、あまり知りたいとも思わなかった。
自分も学生だったし、学校での時間より、2人一緒にいられる時間が何より充実していたから。
「で、最後が俺、部長の3-A丹下広宗です。自由形です。以上」
ヒロはこともなげに言う。恵とは、本当に初めて会ったかのように。
「ありがとう。みんな、よろしく。
じゃ、まずは皆の泳ぎ見せてもらうね」
ストレッチが始まる。それから1人ずつ泳ぎ始めると、恵はメモを取りながらチェックする。
やはり、ヒロはダントツで上手い。センスもある。他の部員達は平々凡々だが、贔屓なしにヒロは、ずば抜けていた。
ーーそういえば、プールで溺れた男性を易々と助けてくれたっけ。
…ダメ、思い出さない。
なるべくヒロに気を取られないよう、自分を律しながら恵はメモを取り続けた。
「はい、ありがとう。うん、いいね。皆、普段から基礎をしっかりとやっているのが良くわかりました。
じゃ細かい練習メニューは、追々順次組んでいくから、今日はとりあえず、今まで通りの練習をして下さい」