お宿の看板娘でしたが、王妃様の毒見係はじめます。
「悪いが……俺から口に出すのは憚られるな」
「……兄上、今国内の状況はよくありません。不良通貨が流通し、諸外国からの信用が落ちています。結果、平民市場に一番影響が出ているんです。これ以上、今の状態を続けれいれば、やがて平民層から不満が沸き上がります」
バイロンの瞳に、少しばかり力がこもる。
アイザックはやはり、という気持ちになる。王太子として育ったバイロンには、国を守ろうとする矜持がある。
それはザックにはなかった責任と情熱だ。
アイザックには優しさも愛情もかけなかった父が、ひときわこの長兄に期待していたのも、彼を後継者だと認めていたからだろう。
「俺は、国を守るためにも、膿を取り除かなければならない」
バイロンは口もとを緩めると笑い出した。しかし、すぐに咳き込み、ザックに背中をさすられる羽目になる。
「大丈夫ですか、兄上」
「すまんな。あまりにおかしくて。一体どうしたことやら。俺の弟は国のことなど何も考えてなかったはずなのに」
それは心外だ、とザックは不満をあらわにする。
学術院を卒業して以降、国政のために仕事をしてきたつもりだ。
「そんなことは……」
「あるよ。お前はたしかに優秀だ。負けん気も強い。だが愛国心はなかっただろう。お前の母親を虐げ、お前に王子という枷を与えた王家というものを恨んでいたはずだ。お前が成績優秀だったのも、剣の技を必死に鍛えたのも、俺や俺の母上を見返してやりたいからで、国を思ってのものではなかった」
「う……」
それはたしかにそうだ。
ザックは王家に未練なんてなかった。
ずっとイートン伯爵領に帰りたかった。見せかけのきらびやかさよりも、伯爵家の温かさが欲しかった。