お宿の看板娘でしたが、王妃様の毒見係はじめます。
ザックは、息を飲む。
兄が、父のことをこんなに理解しているのが驚きだった。
「第一王子が消えれば、人々が注目するのは第二王子だ。能力もある。責任感のない第三王子より、ずっといいと俺も思っている。だが、それは、権力を求める男にとっては最悪のシナリオだ。彼は毒を入手する伝手を持っているし、全てを円滑に進めるための忍耐強さも狡猾さもある。……気を付けるんだな。彼が欲しているのは傀儡の王だ。それに該当しないものはいずれ消される。例外はない。……まして自分に牙をむこうとするものなら今すぐにでもね」
「兄上」
「……本当に眠くなった。もういけ」
ザックは無言のまま会釈し、彼の部屋を退出した。
兄の話は、予想していなかったものだ。
聞きたいこと以上の話が聞けて、身震いがする。
つまり、アンスバッハ侯爵は、父上を傀儡の王に仕立てるつもりで妹を嫁がせたのか?
だが、彼は仕事を覚えればすぐに頭角をあらわした。
侯爵の管理下から逃れたいとも考え、周囲の反対を押し切ってまで、第二夫人を娶った。
だが、実際、彼は侯爵の手の中からは出られなかったのだ。守り切れず、カイラは心を病み、イートン伯爵領へと逃れる。その後呼び戻してからも、息子もカイラも守ることさえできずに。
“守るために……”
兄の声が蘇る。
そうか。父は守るために、敢えて自分に冷たく接していたのか。
カイラの子である自分に目をかければ、第一夫人の嫉妬が深まるのは必須だ。
愛はやれないと妻に思うのと同時に、苦しいときに助けられた恩は忘れていない彼は、これ以上第一夫人を刺激しないために、息子への愛は封印した。
「……甘いな。王には向かないんじゃないか」
乾いた笑いが転び出る。どれだけの不器用さだ。
こうして話をしてみて、兄への印象はずいぶん変わった。
ずっとザックに冷たかったのは、ザックに国を思う心が感じられなかったからなのかもしれない。
彼という人の核は、愛国心にあるのだろう。その点で、バイロンと父上は一致している。
「やはり兄上が国王になるべきなんだ」
ザックは初めて心の底から、死をつかさどる神に、兄を連れていくなと祈った。