お宿の看板娘でしたが、王妃様の毒見係はじめます。
無意識にため息を出してしまったとき、切り株亭の扉がノックされ、ザックが顔を出した。
「ロザリー、仕事は終わったか?」
「ザック様」
「ちょっと出れるか? レイモンド、彼女を借りるぞ」
「ええ。ちゃんと送り届けてくださいね」
レイモンドはザックの正体には気づいていないが、ロザリーとの関係については薄々感づいている。恋人たちの邪魔をする気はないので、快く送り出した。
ロザリーはザックの少し後ろをついていくようにして歩いている。
昼間とは違い秋の夜の風は冷たく、ロザリーは身震いをした。冬が訪れ雪が降れば、アイビーヒルと王都の行き来はどんどん難しくなる。
「寒くないか? これを着るといい」
ザックは羽織っていた上着を脱ぎ、ロザリーの肩にかける。ふわりと香る白檀に、条件反射のように胸の鼓動が高鳴った。
「でも、ザック様が寒いです。風邪でも引いたら大変ですよ」
「俺は大丈夫。これでも鍛えてるし。それより、……あのな。急なんだが明日、王都に戻らなければならなくなった」
「明日?」
予想よりあっさりと切り出された本題に、ロザリーはショックを受ける。
いつかは戻るのだろうと覚悟していたがそんなに急だったとは。これでは思い出を作る時間も何もない。
返事をしようと思ったが、まるで喉が詰まったように声が出ず、ロザリーは泣きたい気持ちでうつむいた。