お宿の看板娘でしたが、王妃様の毒見係はじめます。
「ママのいないお家なんて嫌。でも、ママが笑っていないのも嫌だよ。クリスも一緒に連れてって」
オルコット子爵夫妻が執着しているのは、クリスの方だ。オードリーひとりなら、家を出ることは可能だったろう。クリスはそれに、ちゃんと気づいている。それを母親にも言えず、小さな胸を痛めていたのだ。
「あたり前だろ。俺はオードリーとクリス、ふたりを迎えに来たんだ。お前は俺の娘になってくれるんだろ?」
レイモンドが、クリスを強く抱きしめ返す。
「絶対に、諦めない。もう二度と」
決意を固めるように、レイモンドが誓いを繰り返す。
クリスは涙を止め、少しばかりしゃくりあげながら、レイモンドの耳元に小さくつぶやいた。
「……ありがとう。パパ」
「……!」
それは消え入りそうなほど小さな声で、レイモンドは一瞬空耳じゃないかと疑って、クリスの顔を覗き込んだ。
クリスはまっすぐレイモンドを見ていた。ようやくその口もとに微笑みを浮かべて。
「ああ。絶対に取り戻すからな。それまでクリスは、俺の代わりにオードリーを……ママを守っていてくれ」
「うん! 頑張る」
クリスの涙を拭いてやり、レイモンドはロザリーに彼女を託した。
「ロザリー、クリスを頼むな」
「はい。あの、……今日はオードリーさんも来てるんです」
「知ってる。ケネス様から聞いたよ。俺は今日来る招待客をうならせることで、彼女の前に立つ資格を得れる。そのために全力を尽くすのみだ」
ケネスとレイモンドの間でどんな話し合いがなされているのかロザリーには分からない。
それでも、決意に満ちたその目を見ていたら、信じて待とうと思えた。
「頑張ってください、レイモンドさん!」
ロザリーは広間へと戻ることにした。クリスも、憂いが少し腫れたのか足取りが軽い。
「レイがパパになったら、やりたいこといっぱいあるの。まずはお料理を教えてもらうんだ!」
「いいですね。私もクリスさんの料理、食べてみたいです」
元気を取り戻したクリスが笑うから、ロザリーの心も軽くなっていた。
子供は希望に満ち溢れていなければならない。幸せな未来を信じられなければならない。
大人はそのために、どこまでも尽力しなければならないのだ。