お宿の看板娘でしたが、王妃様の毒見係はじめます。

「本日、夜会の料理を担当いたしました、レイモンド・ネルソンです」

多くの貴族が、彼に拍手を送る。レイモンドはその喝采に深々と礼をした後、オードリーとクリスに向けて腕を伸ばした。

「俺がここに来たのは、愛する人を迎えるためです。オードリー、クリス! 迎えに来たんだ。一緒に帰ろう!」

その宣言に、途端に会場はざわめきだす。オードリーの周りにいた人間がじりじりと場所を開け、レイモンドとの間に、一本道が出来上がる。
彼女の傍についていたオルコット子爵夫妻は、先ほどまでと表情を一変させ、オードリーの肩をがっちりつかむと、レイモンドをにらみつける。

「駄目よ、オードリー、あなたには婚約者が……」

「ママ、行こう!」

オードリーを引っ張ったのは、他でもない娘のクリスだ。

「クリス、レイと一緒にいたいの! お金持ちじゃなくなっても構わない!」

オードリーの瞳から涙がこぼれた。クリスはそんな母親を必死に引っ張り、走り出す。
彼女たちを全身で抱きしめてくれる腕の中へ。

すごい剣幕でオルコット子爵が怒りだしたが、イートン伯爵とケネスが間に入ってなだめている。
テラスから覗いていてさえ、ものすごい騒動だ。

「……っ、なにが起こって……」

広間に戻ろうとするウィストン子爵の腕を握り、引き留めたのはザックだ。

「伯爵、造幣局で見た鉱物について、調べさせてもらいました。あれは、輝安鉱ですね。調べてみましたが、造幣局に採取許可は出ていないと思います」

金属が床に落ちたような音が響く。実際に落ちたのは、ウィストン伯爵が持っていたデザートの皿だ。

明らかに動揺をあらわにしたサイラスに、ザックは憐みの感情さえ湧いてきた。
広間の真ん中で抱き合う料理人と未亡人とその娘。扉ひとつ隔てただけなのに、まるで別の世界のようだ。
< 213 / 249 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop