お宿の看板娘でしたが、王妃様の毒見係はじめます。

だがサイラスは今、婚約者のその場面より、ザックの放った言葉に怯え、震えている。
ザックは口端を曲げ、通告するように感情のこもらない声で言った。

「……俺はこの皿かフォークのどちらかに、毒があるのではないかと思っています。確かめていいでしょうか」

「くっ……離せ!」

サイラスはザックの手を振り払うと、すぐに身をひるがえし、広間を駆け抜けた。
オルコット子爵は、彼が怒り出したのだと思って慌てて弁明しようとしたが、サイラスは見向きもせずにその脇を走り抜けていく。

「誰か! 彼を捕まえろ。毒を仕込まれた!」

そう鋭い声で叫んだのは、ザックだ。広間にいた人々は先ほどまでの料理人のロマンスから、打って変わった殺伐とした雰囲気にどよめきだす。

ザックはまず、証拠となるはずの皿とフォークをケネスに預けた。そして、廊下を駆けだす。

「待ってください」

後を追ってくるのはロザリーだ。

「危ないから広間にいるんだ」

「危ないのはザック様も同じです。もしウィストン伯爵を見失ったとしたら、私はにおいで探すことができます。絶対役に立つはずです」

走りながらそう言い切る彼女を、ザックは頼もしく感じた。

(こんなに小さくてか弱くても、ロザリーは守られているだけの令嬢にはならない。彼女となら、こんな風に一緒に走って行けるのか)

揺れるふわふわの髪。小さくて、頼りなげな少女なのに、彼女はどこまでも自分の心を支えてくれる。
どうしても離したくない。
こんな緊急な状況なのに、ザックは強く思う。
身分が釣り合わないとか、そんなことどうでもいいのだ。ただ、自分が自分らしくあるために、前を向いて生きていくために、彼女の存在が必要なのだ。

「分かった。ついてきてくれ」

ザックが彼女の腕を掴み、引っ張ってくれる。笑顔で頷いたそのあとは、ロザリーは何も語らなかった。何せ身長差があるのだから、ザックに追いつくのは大変なのである。
< 214 / 249 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop