お宿の看板娘でしたが、王妃様の毒見係はじめます。
だがサイラスは今、婚約者のその場面より、ザックの放った言葉に怯え、震えている。
ザックは口端を曲げ、通告するように感情のこもらない声で言った。
「……俺はこの皿かフォークのどちらかに、毒があるのではないかと思っています。確かめていいでしょうか」
「くっ……離せ!」
サイラスはザックの手を振り払うと、すぐに身をひるがえし、広間を駆け抜けた。
オルコット子爵は、彼が怒り出したのだと思って慌てて弁明しようとしたが、サイラスは見向きもせずにその脇を走り抜けていく。
「誰か! 彼を捕まえろ。毒を仕込まれた!」
そう鋭い声で叫んだのは、ザックだ。広間にいた人々は先ほどまでの料理人のロマンスから、打って変わった殺伐とした雰囲気にどよめきだす。
ザックはまず、証拠となるはずの皿とフォークをケネスに預けた。そして、廊下を駆けだす。
「待ってください」
後を追ってくるのはロザリーだ。
「危ないから広間にいるんだ」
「危ないのはザック様も同じです。もしウィストン伯爵を見失ったとしたら、私はにおいで探すことができます。絶対役に立つはずです」
走りながらそう言い切る彼女を、ザックは頼もしく感じた。
(こんなに小さくてか弱くても、ロザリーは守られているだけの令嬢にはならない。彼女となら、こんな風に一緒に走って行けるのか)
揺れるふわふわの髪。小さくて、頼りなげな少女なのに、彼女はどこまでも自分の心を支えてくれる。
どうしても離したくない。
こんな緊急な状況なのに、ザックは強く思う。
身分が釣り合わないとか、そんなことどうでもいいのだ。ただ、自分が自分らしくあるために、前を向いて生きていくために、彼女の存在が必要なのだ。
「分かった。ついてきてくれ」
ザックが彼女の腕を掴み、引っ張ってくれる。笑顔で頷いたそのあとは、ロザリーは何も語らなかった。何せ身長差があるのだから、ザックに追いつくのは大変なのである。