お宿の看板娘でしたが、王妃様の毒見係はじめます。
「手紙を書くから」
その言葉にロザリーはぱっと顔を上げる。
「本当ですか……! わ、私も書いていいですか? お返事、出しても大丈夫です?」
「ケネス経由で出してくれればいい。時間がかかるかもしれないが、ちゃんと俺のもとまで届くから」
「……はい!」
ザックは実は用意していたのであろうイートン伯爵のタウンハウスの住所を彼女に渡す。ロザリーはそれを、まるで宝物のようにギュッと抱きしめた。
「ロザ……」
「ザック、そろそろ行くよ」
もう一度髪を触って……などと考えて伸ばしたザックの手は、ケネスの無情なひと言により動きを止める。
「……ああ、分かった」
ザックは名残惜し気にロザリーと視線を絡ませながらも、ひらりと馬に乗り、護衛に前後を守られる配置で遠ざかっていった。
見送っていたロザリーの視界が潤んでくる。耳のあたりがむず痒く、力を抜いたら声を出して泣いてしまいそうだ。感情を取り戻したロザリーにとって、この別れは身を切られるような痛みを伴っていた。
「まあ、元気出せよ」
レイモンドが励ますように肩をたたく。彼は彼で、遠ざかる馬車を羨ましそうに見つめていた。
彼の思い人であるオードリーは、今も王都のオルコット邸にいる。迎えに行きたいと願うのは当然のことなのだろうが、彼にも仕事があるのだ。
「ふたりとも、仕事よ」
優しくも厳しいチェルシーの声に、レイモンドとロザリーは我に返る。
そうだ。ザックだって早く帰れるように頑張ると言ってくれたのだから。
ロザリーはそれを信じて待つしかないのだ。